トーマス・ファーレル
トーマス・フランシス・ファーレル (Thomas Francis Farrell 、1891年11月3日 - 1967年4月11日) は、アメリカ陸軍の軍人。レズリー・グローヴスの副官であり、マンハッタン計画を現場責任者として指揮した。最終階級は少将。

電話を受けているグローヴス少将の隣で通話を傍受するファーレル(当時准将)、1945年
人物・来歴
マンハッタン計画
詳細は「マンハッタン計画」を参照
1941年2月に、当時大佐だったレズリー・グローヴスの部下となり、ビルマ公路建設などに従事。1945年1月、グローヴスから副官に指名されロスアラモス国立研究所に異動。同年8月、トルーマン大統領からポール・ティベッツ機長への指令書を携えてテニアン島に赴き、原子爆弾「ファットマン」に「ヒロヒトへ 親愛を込めて」と記した。
戦後
1945年8月30日、広島と長崎で、原爆の影響を調査するために科学者のチームを引率した(原爆傷害調査委員会)。9月6日、東京の帝国ホテルで連合国の海外特派員向けに「広島・長崎では、死ぬべき者は死んでしまい、9月上旬現在において、原爆放射能のために苦しんでいる者(原爆症患者)は皆無だ」とする声明を出した[1]。
脚注
- 高橋博子『封印されたヒロシマ・ナガサキ-米核実験と民間防衛計画-』凱風社、2008年
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