ドゥストレイ・ムルデル

ドゥストレイ・ロマン・ムルデル(ドゥスリー・-、Dustley Roman Mulder、1985年1月27日 - )は、オランダ・ユトレヒト州出身のサッカー選手。キュラソー代表。ポジションはDFあるいはMF。

ドゥストレイ・ムルデル
名前
本名 ドゥストレイ・ロマン・ムルデル
ラテン文字 Dustley Mulder
基本情報
国籍 キュラソーの旗 キュラソー
オランダの旗 オランダ
生年月日 (1985-01-27) 1985年1月27日(39歳)
出身地 ユトレヒト州バールン
身長 181cm
体重 71kg
選手情報
ポジション DF(RB)/MF(RMF)
利き足 右足
ユース
オランダの旗 アイセルメールフォヘルス
-2000 オランダの旗 ユトレヒト
2000-2004 オランダの旗 フェイエノールト
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2004-2005 オランダの旗 フェイエノールト 0 (0)
2004-2005 →オランダの旗 エクセルシオール(loan) 46 (4)
2006-2010 オランダの旗 RKCヴァールヴァイク 142 (5)
2010-2014 ブルガリアの旗 レフスキ・ソフィア 95 (2)
2014-2015 キプロスの旗 アポロン・リマソール 11 (0)
2015-2016 オランダの旗 NACブレダ 18 (0)
代表歴2
2003-2004  オランダ U-21 8 (1)
2015-  キュラソー 19 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年5月22日現在。
2. 2017年7月16日現在。
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クラブ歴

ユース

ユトレヒト州バールンに生まれ、VVアイセルメールフォヘルス、FCユトレヒトの下部組織に在籍した後、2000年にフェイエノールトの下部組織に移籍。2004年にはフェイエノールトのサテライトチームであったSBVエクセルシオールにレンタル移籍しプロ選手となった。

エクセルシオール

2004-05シーズンにエールステ・ディヴィジ所属のエクセルシオールに加入し選手デビュー。翌シーズンまでの在籍で46試合4得点の結果を残した。

RKCヴァールヴァイク

2006年にRKCヴァールヴァイクに移籍。5シーズンの在籍で右サイドの守備に欠かせない選手に成長、カップ戦も合わせて150試合以上に出場した[1]。2009-10シーズンに契約が切れて退団。

レフスキ・ソフィア

2010年6月30日、ブルガリアプロサッカーリーグのPFCレフスキ・ソフィアに加入。翌日のFCメタリスト・ハルキウとの非公式試合で初出場するも[2]、この時にはまだ契約は締結されておらず、2年契約が決まったのは7月2日のことであった[3]。公式戦初出場となったのはUEFAヨーロッパリーグ 2010-11 予選のダンドークFC戦で、この試合はアウェーながら2-0の勝利となった。

2011年12月8日に契約を1年延長の形で更新、これによって2013年までの契約となった[4]。

ブルガリアリーグ初得点となったのは2012年8月25日のPFCモンタナ戦で、この試合は2-0の勝利に終わった。2013年1月には再び契約の更新をすることが報じられ、15日に新たに2年契約を締結したことが発表された[5]。2012-13シーズンはリーグで2得点、カップで3得点と得点面でも好調であった。

2013年夏には一時的に放出されたものの、1か月後にトップチームに復帰した[6]。同年12月のブルガリア・カップ準決勝、PFC CSKAソフィア戦ではPK戦で最後のキッカーを務め、チームの勝利に貢献した。2014年6月初めにクラブの新たなスポーツディレクターが彼に放出を告げたことで、4年に亘る在籍に終止符が打たれることとなった。なお、レフスキ・ソフィアでの最終試合となったのは5月24日に行われたレフスキ・ソフィア創立100周年記念の親善試合、SSラツィオ戦で、この試合で彼はエリン・トプザコフと交代した[7]。

アポロン・リマソール

2014年7月に1年延長つきの1年契約でキプロスのアポロン・リマソールに加入[8]。8月21日のUEFAヨーロッパリーグ 2014-15のFCロコモティフ・モスクワ戦で70分にマリオス・スティリアヌに代えて投入され初出場、試合は1-1のドローに終わった[9]。

NACブレダ

2015年夏にエールステ・ディヴィジのNACブレダに加入。1シーズンの在籍で放出となった。

代表歴

オランダU-21代表への選抜経験がある。2008年にはオランダ領アンティル代表に招集されたが、オランダU-21代表として出場した後21歳までに国籍変更をしなかったために当時22歳の彼に対して国際サッカー連盟がこの招集を認めず、オランダ領アンティル代表としての出場はならなかった[10]。なおその後翌2009年に国籍条項が変更され、この条項は廃止された。

その後オランダ領アンティルが分解したため、彼のオランダ領アンティル籍はキュラソー籍になった。キュラソー代表としての初出場は2015年3月28日の2018 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海1次予選・モントセラト代表戦であった[11]。その後、キュラソー代表が大会初出場となった2017 CONCACAFゴールドカップに出場しグループステージ全試合に出場したが、キュラソー代表は無得点の全敗で敗退となった。

タイトル

代表

キュラソー代表

参考文献

  1. “Dustley Mulder Career Statistics”. soccerway.com. 2017年10月29日閲覧。
  2. “Холандецът дебютира за Левски срещу Металист” (Bulgarian). blitz.bg (2010年7月1日). 2010年7月1日閲覧。
  3. “Холандецът Мулдер подписа с Левски в консулството във Виена” (Bulgarian). dariknews.bg (2010年7月2日). 2010年7月2日閲覧。
  4. “Мулдер преподписа с Левски” (Bulgarian). temasport.com (2011年12月8日). 2011年12月8日閲覧。
  5. “В Холандия: Мулдер преподписа с Левски” (Bulgarian). novsport.com (2013年1月15日). 2013年1月15日閲覧。
  6. “Сираков клекна и върна Дъстли Мулдер” (Bulgarian). 7sport.net (2013年9月24日). 2013年9月24日閲覧。
  7. “Левски" отпразнува вековния юбилей с обрат срещу Лацио, 35 000 уважиха празника на сините” (Bulgarian). topsport.bg (2014年5月24日). 2014年5月24日閲覧。
  8. “Απολλωνίστας....ο Dustley Mulder!” (Greek). Apollon Limassol official website (2014年7月12日). 2014年7月12日閲覧。
  9. “Apollon Limassol vs. Lokomotiv Moskva”. soccerway.com (2014年8月21日). 2017年10月29日閲覧。
  10. “FIFA steekt stokje voor interlandcarrière RKC'er Mulder”. FC Update (2008年1月17日). 2014年5月26日閲覧。
  11. “Curaçao vs. Montserrat 2:1” (English). flashscore.com (2015年3月28日). 2015年4月11日閲覧。

外部リンク

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