バイエルン・ミュンヘン公国

バイエルン=ミュンヘン公国(ドイツ語: Bayern-München)は、1392年から1505年まで神聖ローマ帝国内に存在した公国(領邦国家)の一つである。バイエルン公国が1375年のシュテファン2世の死後、シュテファン3世、フリードリヒ、ヨハン2世の3兄弟に系統分裂(当時は長子相続制が確立しておらず、ゲルマン古来の均分相続制度が広く行われていた)を起こし、バイエルン公領もそれぞれに分割された状態が100年以上続いた。

バイエルン=ミュンヘン
Teilherzogtum Bayern-München
封臣
←
1392年–1505年 →


バイエルン=ミュンヘンの紋章

首都 ミュンヘン
政府 君主制
バイエルン=ミュンヘン公
 •  1392年-1397年 ヨハン2世、シュテファン3世、フリードリヒ
 • 1397年-1438年 エルンストとウィルヘルム3世 (1435年まで)
 • 1438年-1460年 アルブレヒト3世
 • 1460年-1463年 ヨハネス4世とジギスムント
 • 1463年-1465年 ジギスムント
 • 1465年-1508年 ジギスムント (1467年まで)とアルブレヒト4世
歴史・時代 中世
 • バイエルン=ランツフート公国からバイエルン=ミュンヘンとバイエルン=インゴルシュタット公国が離脱。 1392年
 • バイエルン=ミュンヘン公国、バイエルン=インゴルシュタット公国及びバイエルン=ランツフート公国からバイエルン=シュラウビングを分割 1425年
 • バイエルン=ミュンヘンからバイエルン=ダッハウを分割。 1467年9月3日
 • バイエルン=ダッハウがバイエルン=ミュンヘンに復帰 1501年2月1日
 • バイエルン公国の再統一 1505年7月30日

歴史

1375年にシュテファン2世が没すると、息子のシュテファン3世、フリードリヒとヨハン2世が共同して首都ランツフートを含むバイエルン=ランツフート公国を統治することになった。17年後、3兄弟は遺産を分割した。ヨハンはバイエルン=ミュンヘン公領を、シュテファンはバイエルン=インゴルシュタット公領を受け取り、その間フリードリヒがバイエルン=ランツフート公領を統治していた。

1429年にシュトラウビングを含むバイエルン=シュトラウビング公国の一部が、バイエルン=ミュンヘン公国に併合された。バイエルン=ミュンヘン公国出身のアルブレヒト4世のもとバイエルンが統一され、「ミュンヘンを首都とするバイエルン」という構図が確立される。

バイエルン=ミュンヘン(緑色)、バイエルン=ランツフート(橙色)、バイエルン=インゴルシュッタット(茶色)バイエルン=シュトラウビング(灰色)
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.