バロン・デイビス

バロン・デイビスBaron Walter Louis Davis, 1979年4月13日 - )はアメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス出身のバスケットボール選手。ポジションはポイントガード。身長191cm、体重98kg。

バロン・デイビス
Baron Davis
2012年、ニューヨーク・ニックスでのデイビス
引退
ポジション PG
基本情報
愛称 "B-Diddy"
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 (1979-04-13) 1979年4月13日(45歳)
出身地 カリフォルニア州の旗カリフォルニア州ロサンゼルス
身長(現役時) 191cm (6 ft 3 in)
体重(現役時) 98kg (216 lb)
キャリア情報
出身 UCLA
ドラフト 1999年 3位
選手経歴
1999-2005
2005-2008
2008-2011
2011
2011-2012
2016
シャーロット/ニューオーリンズ・ホーネッツ
ゴールデンステート・ウォリアーズ
ロサンゼルス・クリッパーズ
クリーブランド・キャバリアーズ
ニューヨーク・ニックス
デラウェア・87ers (Dリーグ)
受賞歴
Stats  Basketball-Reference.com
Stats  NBA.com 選手情報 NBA.Rakuten

経歴

学生時代

高校時代、1年間でデイビスは178cmから191cmへと急激に成長し頭角を現す。高校オールスターであるマクドナルド・オール・アメリカンに選出、ゲータレード選出の年間最優秀選手にも選ばれる。

高校卒業後、複数の大学からオファーを受け、デイビスは地元の名門UCLAへ進学。順調なスタートを切った矢先、1年生時のNCAAトーナメントでダンクに行った際、前十字靭帯を断裂。しかし驚異的な回復力で、翌年には完治し以前のパフォーマンスを取り戻した。パシフィック・テン・カンファレンス(Pac-10)の新人王を受賞。 2年生終了後にNBAドラフトへアーリーエントリーした。

ニューオーリンズ・ホーネッツ

1999年のNBAドラフトで1巡目全体3位指名をシャーロット・ホーネッツ(現ニューオーリンズ・ペリカンズ)から受けNBAキャリアがスタートする。1年目の1999-2000シーズンは、エディー・ジョーンズデビッド・ウェズリーの控えとして主にベンチからの出場であった。この年チームはフィラデルフィア・76ersにプレーオフ1回戦で敗れた。

2000-01シーズンには、先発ポイントガードに昇格し全82試合に先発出場、一躍チームの中心選手の一人になった。この年プレーオフ1回戦でマイアミ・ヒートをスイープ、カンファレンス準決勝でミルウォーキー・バックスに3勝4敗で敗れた。

2001-02シーズンには平均18得点、8.5アシストをあげてチームのエースとなる。この年のNBAオールスターゲームヴィンス・カーターの代わりに選ばれた。これまではジョーンズやジャマール・マッシュバーンの陰に隠れていたが、3年間で着実な成長を見せたことが実を結んだ。ホーネッツは2年連続でプレーオフに駒を進めて、1回戦でオーランド・マジックを破ったがカンファレンス準決勝でニュージャージー・ネッツに敗退した。2002年バスケットボール世界選手権ではアメリカ代表としてプレーした。

シーズンオフにホーネッツは本拠地を現在のニューオーリンズに移動した。2002-03シーズン、怪我のため50試合の出場にとどまったがチームをプレーオフに導いたが1回戦で敗退した。03-04シーズンもデイビスはチームの柱として奮闘するものの、プレーオフでは1回戦で敗退した。   04-05シーズン、チームはプレーオフ争いから早々に脱落。自身も怪我の影響で満足なプレーができず、2005年2月24日、ゴールデンステート・ウォリアーズデイル・デイビススピーディ・クラクストンとの交換トレードで移籍した[1]

ゴールデンステート・ウォリアーズ

ウォリアーズ時代のバロン・デイビス

デイビス加入時、ゴールデンステート・ウォリアーズもプレーオフ争いからすでに脱落していたが、加入後の残り試合を18勝10敗という成績で大幅に勝ち越し、シーズンを終了した。

05-06シーズンもほぼ同じメンバーでプレイ、高い身体能力を誇るジェイソン・リチャードソンらと共に、11年ぶりのプレーオフ進出を狙ったがデイビスは慢性的な怪我もあり重要な時期に試合に出られず、プレーオフ進出を逃した。

06-07シーズンドン・ネルソンがチームのヘッドコーチに就任。ネルソンのアップテンポなチーム作りがデイビスの能力を開花させる。怪我に苦しみながらも、シーズン最後の試合で勝利し、1994年以来のプレイオフ進出を決めた。この試合でデイビスはトリプルダブルを達成した。プレイオフ1回戦は、第1シードで67勝15敗とリーグ勝率1位のダラス・マーベリックスと当たる。しかし、レギュラーシーズンの対戦では3勝0敗とウォリアーズに分があった。デイビスを中心とした勢いのあるバスケットでマーベリックスを4勝2敗で下し、第8シードが第1シードを破るという歴史的なアップセットを起こした。続くユタ・ジャズ戦には1勝4敗で2回戦敗退。しかし、この試合でも206cmのアンドレイ・キリレンコの上から強烈なダンクを叩き込み、大きなインパクトを残した。このプレーオフでデイビスは平均25.3得点、6.5アシスト、2.9スティール、4.5リバウンドと爆発した。2003年と2004年にはNBAオールスターゲームに出場した。2003年オールスターでスキルチャレンジ優勝。

ロサンゼルス・クリッパーズ

2008年オフ、なかなか契約延長しないウォリアーズに業を煮やしたデイビスは、地元でもあるロサンゼルス・クリッパーズと5年間6500万ドルで契約した[2]

クリッパーズに加入して1年目の2008-2009シーズン、怪我のため65試合の出場にとどまり、成績は低下、オフにエルトン・ブランドを失ったチームは19勝63敗に終わった。

2009年11月20日のデンバー・ナゲッツ戦で通算5,000アシストを達成した[3]

クリーブランド・キャバリアーズ

2011年2月24日、モーリス・ウィリアムズジャマリオ・ムーンとの交換トレードにより、クリーブランド・キャバリアーズへ移籍[4]。しかし、2011年のNBAドラフト全体1位でカイリー・アービングをキャバリアーズが指名したこともあり、ロックアウトが解除された同年11月24日、キャバリアーズからアムネスティ条項を行使されて解雇された[5]

ニューヨーク・ニックス

2011年12月19日、ニューヨーク・ニックスと1年契約を結んだ[6]。契約を結んだ際、椎間板ヘルニアの故障を抱えていたデイビスは2012年2月20日、ニックスの選手として初出場した[7]。しかし、衰えとコンディション不良やジェレミー・リン"リンサニティ現象" もあって、往年の活躍が出来ず、更に5月8日のプレーオフ1回戦のマイアミ・ヒート戦での第4戦で、左足膝の前十字靭帯内側側副靱帯を断裂する重傷を負い、事実上選手生命を断たれてしまった。

Dリーグへ

2016年1月、デイビスはNBA復帰を目指すために、Dリーグのチームと接触していることが報じられた[8]。その後、3月2日にフィラデルフィア・76ers傘下のデラウェア・87ersと契約し、30代後半にして現役に復帰した[9]

プレースタイル

ポイントガードではナンバー1とも言われる強靭なフィジカルと身体能力を持ち合わせ、自らドライブで切り込んでいくプレーメーカー。チームのムードメーカーであり、彼の調子がチームの勝敗を左右することも少なくない。アメリカンバスケットを象徴する様なスコアラータイプであり、アグレッシブな1on1で魅せる。アシストやリバウンドの能力にも優れているためトリプル・ダブルを幾度も記録している。非常にアップテンポなゲームメークを好み、またディフェンスでは、過去2度のスティール王となった事もあり[10]、積極的なディフェンスから速攻を生み出すのが得意である。一方で、シュートのセレクションの悪さとフリースロー成功率が玉に瑕である[11]

その他

  • 女優のケイト・ハドソンは高校時代のクラスメート[12]
  • バスケットを始めたきっかけは、幼少時代に祖母がバスケット用具をプレゼントしたことから。

脚注

  1. Baron Davis going back to home state as Warrior”. ESPN (2005年2月24日). 2012年3月18日閲覧。
  2. Davis verbally agrees to go to Clippers, leave Warriors”. ESPN (2008年7月7日). 2012年3月18日閲覧。
  3. Clippers 106, Nuggets 99”. nba.com (2009年11月20日). 2011年6月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年3月18日閲覧。
  4. CLIPPERS ACQUIRE WILLIAMS AND MOON”. nba.com (2011年2月24日). 2012年3月18日閲覧。
  5. Cavaliers use amnesty clause to waive Baron Davis”. USAトゥデイ (2011年12月15日). 2012年3月18日閲覧。
  6. Baron Davis: I Chose Knicks Over Lakers, Heat”. CBS (2011年12月20日). 2012年3月18日閲覧。
  7. Baron Davis' debut signals key for bench”. ESPN (2012年2月21日). 2012年3月18日閲覧。
  8. Baron Davis signs with D-League in comeback attempt
  9. Baron Davis reportedly signs with Delaware 87ers
  10. NBA Honors: Steals Leaders”. nbauniverse.com. 2012年3月18日閲覧。
  11. Warriors Best Move: Letting Baron Davis Go”. bleacherreport.com (2008年8月1日). 2012年3月18日閲覧。
  12. High School Sweethearts: Baron Davis and Kate Hudson”. bumpshack.com (2007年10月18日). 2012年3月18日閲覧。

外部リンク

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