ビル・パーセルズ

デュアン・チャールズ・"ビル"・パーセルズDuane Charles "Bill" Parcells1941年8月22日 - )は、アメリカ合衆国ニュージャージー州イングルウッド出身のアメリカンフットボール元コーチ。19年間、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)のヘッドコーチを務めた。ニューヨーク・ジャイアンツのヘッドコーチ時代、2度のスーパーボウル優勝を達成した。 その後は、ニューイングランド・ペイトリオッツニューヨーク・ジェッツダラス・カウボーイズのヘッドコーチを務めた。 いずれも衰退期にあったチームを指導し、優勝争いが出来るチームへと改革した。 結果、NFL史上唯一となる、指揮した4チームをプレーオフに、3チームをカンファレンス優勝に導いた。ニックネームは、ザ・ビッグツナ(The Big Tuna)。

ビル・パーセルズ
Bill Parcells
refer to caption
1978年のパーセルズ
クリーブランド・ブラウンズ
優待コンサルタント
ポジション ラインバッカー
生年月日 (1941-08-22) 1941年8月22日(82歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニュージャージー州イングルウッド
経歴
高校 リバー・デル高校
(ニュージャージー州オラデル
大学 ウィチタ州立大学
所属歴
選手歴
1964 デトロイト・ライオンズ *
*オフシーズンまたはプラクティススクワッドとしての所属のみ
コーチ歴
1964 ヘイスティングズ大学 (LBC)
1965 ウィチタ州立大学 (LBC)
1966-1969 陸軍士官学校 (LBC, DC)
1970-1972 フロリダ州立大学 (LBC)
1973-1974 ヴァンダービルト大学 (LBC)
1975-1977 テキサス工科大学 (LBC)
1978 空軍士官学校 (HC)
1979 ニューヨーク・ジャイアンツ (LBC)
1980 ニューイングランド・ペイトリオッツ (LBC)
1981-1990 ニューヨーク・ジャイアンツ (DC, LBC, HC)
1993-1996 ニューイングランド・ペイトリオッツ (HC)
1997-1999 ニューヨーク・ジェッツ (HC)
2003-2006 ダラス・カウボーイズ (HC)
エグゼクティブ歴
1997-1999 ニューヨーク・ジェッツ (GM)
2008-2010 マイアミ・ドルフィンズ (VP)
2014- クリーブランド・ブラウンズ (CC)
受賞歴・記録
スーパーボウル制覇(コーチとして)
第21回第25回
その他受賞・記録(コーチとして)
AFC優勝:1回(1996)
AP通信NFL最優秀コーチ賞(1986・1994)
ニューヨーク・ジャイアンツ Ring of Honor
ヘッドコーチとしての通算成績
レギュラーシーズン 172–130–1 (.569)
ポストシーズン 11–8 (.579)
通算成績 183–138–1 (.570)
Coaching stats at PFR

経歴

1983年ニューヨーク・ジャイアンツのヘッドコーチに就任した際、過去10年間で1度だけの(1981年)ポストシーズン出場記録しかなかったチームを引き継ぎ、就任4年でチーム史上初のスーパーボウル優勝に導いた。ジャイアンツでの在職期間は8シーズンに及び、第25回で2度目の優勝を果たした。スーパーボウルで優勝した後、パーセルズは1991年に一旦コーチ業を引退すると発表した。

しかし、1993年に引退を撤回してニューイングランド・ペイトリオッツのヘッドコーチに就任した。再びチームを改革し、就任4年目で第31回スーパーボウルに出場したものの、敗れた。その後、ペイトリオッツのオーナーであるロバート・クラフトと争い、試合後にチームを去った。翌シーズン、ニューヨーク・ジェッツのヘッドコーチに就任した。就任2年目の1998年、ジェッツはアメリカン・フットボール・カンファレンス(AFC)チャンピオンシップゲームを達成した。

ジェッツのヘッドコーチとして3シーズンを過ごした後、1999年に2度目の引退を発表した。しかし、2003年に復帰し、ダラス・カウボーイズのヘッドコーチに就任した。カウボーイズでは4シーズンの間、2度のプレーオフ出場を果たしたが、いずれも第1ラウンドで敗退した。 2006年シーズン、チームがプレーオフで敗れた後、再びコーチ業を引退した。

コーチ業引退以降、ESPNのNFLアナリストを務めており、2014年からクリーブランド・ブラウンズの非公式コンサルタントを務めている。また、2008年から2010年まではマイアミ・ドルフィンズのフットボールオペレーション副社長を務めていた。2013年プロフットボール殿堂に選出された[1]

2014年、パーセルズの自伝『パーセルズ:フットボール・ライフ』が、パーセルズ本人と作家のヌニョ・デマシオ(元ワシントン・ポストの記者)によって共同執筆され、発売された。発売後すぐ、ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストになった。

脚注

  1. Jim Corbett, USA TODAY Sports (2013年2月2日). Parcells exhilarated, Carter teary to make Hall of Fame”. USA TODAY. 2021年1月23日閲覧。

外部リンク

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