フェラーラ派

フェラーラ派(イタリア語:Scuola ferrarese, 英語:School of Ferrara)は、ルネサンス期、フェラーラ公国(現イタリア、フェラーラ)で全盛を極めた画家たちの集団。

コズメ・トゥーラ作

歴史

フェラーラを統治するエステ家は芸術家のパトロンとして知られていた。1471年にエルコレ1世・デステがフェラーラ公になって以来、パトロン活動は代々継承され続けた。しかし、1597年にアルフォンソ2世・デステ(エルコレ1世の曾孫)が死に、エステ家の直系が絶えたことで、それは終わった。1598年にはフェラーラは教皇領として没収され、マントヴァのゴンザーガ家と並び称されるエステ家のコレクションのほとんどが散らばってしまった、

作風

フェラーラ派の絵画スタイルは、マントヴァ派、ヴェネツィア派、ロンバルディア派、ボローニャ派、フィレンツェ派から受けた影響を混合させたものだった。特に、ボローニャ派とは密接な繋がりを持っていた。

また、15世紀後半のフェラーラは、イタリアのエングレービング(版画技法の一種)の中心地でもあった。作者不詳のマンテーニャ・タロッキ(タロット)の2つのセット(EセットとSセット)が作られたのもフェラーラではなかったかと言われている。

画家たち

フランチェスコ・デル・コッサ『ミネルヴァの勝利』(1467年 - 1470年)

カミッロ・ラデルチの1856年の美術家伝記の「フェラーラ派」の項目には、以下の画家たちの名前がある。

14世紀およびそれ以前

15世紀

16世紀

ドッソ・ドッシ『アルゴナウタイの出発』(1510年頃)

17〜18世紀

グエルチーノ『聖ヨハネと聖パウロの受難』(1630年 - 1632年)

関連項目

参考文献

  • Freedberg, Sydney J. (1993). Pelican History of Art. ed. Painting in Italy, 1500-1600. Penguin Books Ltd
  • Francis P. Smyth and John P. O'Neill (Editors in Chief (1986). National Gallery of Art, Washington DC. ed. The Age of Correggio and the Carracci: Emilian Painting of the 16th and 17th Centuries
  • Camillo Laderchi (1856). La pittura ferrarese, memorie. Googlebooks
  • Census of Ferrarese Paintings and Drawings
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