フェルナンド・アブランテス
フェルナンド・フロム=アブランテス (Fernando Fromm-Abrantes、Fernando Abrantes, 1960年- 、 )は、ドイツとポルトガルの音楽プロデューサー兼ミュージシャン。
| Fernando Abrantes | |
|---|---|
| 出生名 | Fernando Fromm-Abrantes |
| 出身地 | Germany, Portugal |
| ジャンル | Pop, Synth-pop, Ghettotech |
| 活動期間 | 1991 (with Kraftwerk) |
| 共同作業者 | Kraftwerk |
| フェルナンド・アブランテス | |
|---|---|
![]() スタジオにて | |
| 基本情報 | |
| 出生名 | フェルナンド・フロム=アブランテス |
| ジャンル | ポップ、テクノポップ |
| 活動期間 | 1991年 |
エレクトロニック/実験的なポップバンドクラフトワークの元メンバー/キーボード奏者 [1]。彼はリスボンに住んでおり、同地で音楽制作スタジオを所有。 彼はドイツ語、ポルトガル語、英語に堪能。
バックグラウンド
リスボンのドイツ語学校に通った後、デュッセルドルフでクラフトワークのメンバーであるフリッツ・ヒルパートとヘニング・シュミッツと共に音楽と電子工学を学ぶ。
1985年から1986年までドイツの歌手であるサンドラのキーボーディストとしていくつかのライブに参加。「マリアマグダレナ」をヒットさせた。
電子パーカッショニストでソングライターのカール・バルトス脱退直後に、アルバム『THE MIX』の制作中である1990/1991年冬にクラフトワークに参加。『THE MIX』の英国ツアー10公演で演奏。当時のプロモーション写真やアルバムに付いていた小冊子や『ロボット』(The Robots)のミュージックビデオで当時ライブでのパフォーマンスに使われていた彼の顔がついたロボットの姿も確認できる。またドイツの人気番組『メンシュ・マイヤー』でバンドのメンバーと共に『The Robots』を演奏していた。
バンドの共同創立者でリーダーであるラルフ・ヒュッターとのバンドの芸術的方向性の相違により、アブランテスはすぐにクラフトワークを去り、今日までバンドに残っているクリング・クラングスタジオのエンジニア、ヘニング・シュミッツに取って代わられた。
アブランテスは、リスボン国際博覧会公式音楽のプロデューサーの1人である。
出典
- Sande (2009年5月22日). “Kraftwerk: It’s More Fun To Compute”. factmag.com. The Vinyl Factory. 2010年1月26日閲覧。
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