ブライアン・ジョーダン

ブライアン・オニール・ジョーダン(Brian O'Neal Jordan, 1967年3月29日 - )は、アメリカ合衆国・メリーランド州ボルチモア出身の元プロ野球選手(外野手、右投右打)及び元アメリカンフットボール選手(セイフティ)。MLB選手とNFL選手を兼業したマルチアスリートとして知られている。

 ブライアン・ジョーダン 
Brian Jordan
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 メリーランド州ボルチモア
生年月日 (1967-03-29) 1967年3月29日(57歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1988年 ドラフト1巡目追補(全体30位)でセントルイス・カージナルスから指名
初出場 1992年4月8日
最終出場 2006年9月30日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
ブライアン・ジョーダン
Brian Jordan
基本情報
ポジション セイフティ
生年月日 (1967-03-29) 1967年3月29日(57歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国メリーランド州ボルチモア
身長: 5' 11" =約180.3cm
体重: 205 lb =約93kg
経歴
大学
NFLドラフト 1989年 - 7巡目全体173位
初出場年 1989年
初出場チーム アトランタ・ファルコンズ
所属歴
  • アトランタ・ファルコンズ (1989 - 1991)
受賞歴・記録
NFL 通算成績
タックル 0回
サック 4回
ファンブルフォース 0回
インターセプト 5回
Player stats at NFL.com

経歴

プロ入り前

高校時代は野球、アメリカンフットボール、バスケットボールで活躍した。1985年のMLBドラフト20巡目(全体505位)でクリーブランド・インディアンスから指名を受けたが、入団せずリッチモンド大学に進学した。

プロ入りとマイナー及びNFL時代

リッチモンド大学時代は野球とアメリカンフットボールの両方でプレーしており、1988年にはMLBドラフト1巡目追補(全体30位)でセントルイス・カージナルスから、1989年にはNFLドラフト7巡目(全体173位)指名でバッファロー・ビルズからそれぞれ指名され、ともにプロ契約を結んだ(ただし、ビルズ入り直後のトレーニングキャンプで契約を打ち切られ、ほどなくしてアトランタ・ファルコンズへ移籍している。)。

プロ入り当初はフットボールの方に比重を置いており、1989年から1991年までの3年間でファルコンズの選手として公式戦36試合に出場した。また、同時期に野球の方ではマイナーでプレーしており、1991年にはAAA級まで到達した。

カージナルス時代

1992年より野球に専念。同年4月8日のニューヨーク・メッツ戦でメジャーデビュー。

1995年に右翼手のレギュラーを獲得し、133試合に出場して打率.296・22本塁打・81打点・24盗塁の成績を残した。

翌1996年には100打点を突破(104打点)。1997年は椎間板を痛めて47試合の出場に終わったものの、1998年には自己最高の打率.316・25本塁打と復活した。オフにFAとなった。

ブレーブス時代

1998年11月23日にアトランタ・ブレーブスと5年間総額4000万ドルで契約[1]。

移籍1年目の1999年は自己最多の115打点を挙げるなど、4番の重責を果たした。さらにともに自身初となるオールスター選出、ワールドシリーズ出場を経験した。2000年、2001年もレギュラーとして地区優勝に貢献した。また、かつて同じアトランタにあるファルコンズに在籍していたこともあり、ブレーブス時代は大きな声援を浴びていた[2]。

ドジャース時代

2002年1月15日にゲイリー・シェフィールドとのトレードでオダリス・ペレスと共にロサンゼルス・ドジャースへ移籍した[3]。

2003年オフにFAとなった。

レンジャーズ時代

2004年1月8日にテキサス・レンジャーズへ移籍した。

ブレーブス復帰

2005年1月19日にブレーブスと1年契約を結んだ。

ブレーブスには2006年まで在籍し、同年に引退した。

引退後

引退後はFOXスポーツで解説者として活動している。また、アパレル会社のオーナーも務めている(外部リンク参照)。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
1992 STL 552041931740945722272001011486.207.250.373.623
1993 672422233369106101214466031204356.309.351.543.894
1994 531971781446825731543021601406.258.320.410.730
1995 1315254908314520422239812490222411795.296.339.488.827
1996 1405605138215936117248104225292947846.310.349.483.833
1997 471611451734500391061001016214.234.311.269.580
1998 15061756410017834725301911750440196618.316.368.534.902
1999 ATL 15364557610016328423268115138095129819.283.346.465.811
2000 1335374897112926017206771020538158012.264.320.421.742
2001 148605560821653232527897320831368818.295.334.496.830
2002 LAD 128515471651342731822180220434368610.285.338.469.807
2003 662532242867906942811022334303.299.372.420.791
2004 TEX 6123321227471315772322041621357.222.275.363.638
2005 ATL 762512312557823782420031403465.247.295.338.632
2006 4810191112120332100002701233.231.287.352.639
MLB:15年 1456564651607551454267371842347821119482573532574842118.282.333.455.788

獲得タイトル・表彰・記録

MLB

背番号

  • 3 (1992年 - 1998年)
  • 33 (1999年 - 2006年)

脚注

  1. 「30球団マンスリー・リポート アトランタ・ブレーブス トレードにFAに今オフも大変革 三拍子揃った外野手ジョーダン獲得」『月刊メジャー・リーグ』 1999年2月号 ベースボール・マガジン社 74頁
  2. 「ブライアン・ジョーダン」『パンチョ伊東のメジャー・リーグMLB選手名鑑2000』ベースボール・マガジン社 173頁
  3. 「30球団マンスリー・リポート ロサンゼルス・ドジャース 問題児と引き替えに好人物を獲得 好打、好守のジョーダンが加入!」『月刊メジャー・リーグ』 2002年3月号 ベースボール・マガジン社 61頁

関連項目

外部リンク

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