バッファロー・ビルズ

バッファロー・ビルズ(英語: Buffalo Bills、略称: BUF) は、アメリカ合衆国ニューヨーク州オーチャードパークに本拠地をおくNFLチーム。

バッファロー・ビルズ
Buffalo Bills
創設 1959年10月28日 (1959-10-28)
AFL参入 1960年シーズン
所属地区
チームデザイン
チームロゴ

突進するバッファロー
チームカラー
  ロイヤルブルー
  赤
  白
  ネイビーブルー
ユニフォーム
チーム名
  • バッファロー・ビルズ(1960 - 現在)
ホームタウン
1960 - 現在の位置(アメリカ合衆国内)
1960 - 現在
1960 - 現在

ニューヨーク州オーチャードパーク (1973 - 現在)
ニューヨーク州バッファロー (1960 - 1972)

ハイマーク・スタジアム
 ビルズ・スタジアム
 ニューエラ・フィールド
 ラルフ・ウィルソン・スタジアム
 リッチ・スタジアム
(1973-現在)
ウォー・メモリアル・スタジアム (1960 - 1972)

永久欠番
獲得タイトル
スーパーボウル創設(1966年)以降
スーパーボウル・チャンピオン (0回)
  • なし
カンファレンス・チャンピオン (4回)
AFC
地区優勝 (12回)
AFL東地区
旧AFC東地区
AFC東地区
ワイルドカード(9回)
プレーオフ進出(20/58回)
AFL(1960-1969)における実績
AFLチャンピオン
地区優勝
AFL東地区
球団組織
オーナーキム・ペグラ、テリー・ペグラ
GMブランドン・ビーン
ヘッドコーチショーン・マクダーモット

AFC東地区に所属している。

チーム名には「バッファロー」の地名を冠しているが、チームはバッファロー郊外のオーチャードパークにあるハイマーク・スタジアムをホームスタジアムとしている。チームの本部と練習場もオーチャードパークに位置している。

概要

1960年のアメリカン・フットボール・リーグ(AFL)創設と共に誕生したチームである。1964年と1965年にAFLのチャンピオンとなった後、1970年にAFLがNFLに吸収されたことでAFC東地区の所属となった。1980年代後半から1990年代にかけて抜群の強さを誇り、特に1990年から1993年は、第25回・第26回・第27回・第28回と4年連続でスーパーボウルに出場した。しかしながら、4戦全て敗退しており、2021年現在もスーパーボウル優勝を果たしたことはない。2000年以降は、同地区のニューイングランド・ペイトリオッツの台頭などもあって低迷が続き、2017年に18年ぶりにプレーオフ出場した際は「北米4大リーグのうち21世紀に入ってから最後にプレーオフに出場したチーム」という不名誉な記録となった。

チーム名の由来は、地域名のバッファローに開拓期の著名人バッファロー・ビルを掛けた洒落。

歴史

AFL時代

1960年代にQBとして活躍したジャック・ケンプ

1960年に創設され、アメリカン・フットボール・リーグ (AFL) のメンバーとなった。ディフェンス重視のチームであり、1964年にはラッシングディフェンスで913ヤードしか許さなかった。これはリーグ記録である。またこのシーズンには50サックを記録してこれもチーム記録となっている。このときの1シーズンは14試合であったが13勝1敗で終了した。13勝という数字はAFL記録であった。ラッシングTDは4つしか許さず、翌年の1965年にかけて17試合連続でラッシングTDを許さなかった。チームは1964年・1965年の2年連続AFLで優勝した。また1966年もAFL EASTを制した。プレーオフには1963年から1966年まで4年連続出場しており、これはAFL唯一である。当時のQBは、後に1988年アメリカ合衆国大統領選挙で候補者の座を争い、1996年アメリカ合衆国大統領選挙ではボブ・ドールの副大統領候補となったジャック・ケンプだった。

O・J・シンプソンの時代

1969年、O・J・シンプソンをドラフトで獲得した。1970年にAFLがNFLに吸収されて、NFL東地区に所属することとなったが、1971年にはリーグ最低の1勝13敗に終わり、得点は最少の184点、失点は最多の394点となった。リッチ・スタジアムが開場した1973年、QBとしてジョー・ファーガソンが加入するとチーム状況は好転した。シンプソンは2,000ヤードラッシャーとなり、チームも1966年以来の勝ち越しを決めた。1974年にはチームはNFLに加入後初めてプレーオフに進出したが、スーパーボウルを制覇したピッツバーグ・スティーラーズに敗れた。その後チームは低迷して1977年のシーズン終了後にシンプソンはサンフランシスコ・49ersにトレードされた。

1970年代のビルズを代表する選手であるRBのO・J・シンプソン

1975年11月17日、シンシナティ・ベンガルズとのマンデーナイトフットボールで、シンプソンが197ヤードを走ったが、相手QBケン・アンダーソンに447ヤードを投げられて、24-33で敗れた[1]。

1980年は、ビルズにとって特別な年となった。この年マイアミ・ドルフィンズに11年目で初勝利、AFC東地区優勝を決めた。1981年にもプレーオフに出場、1回戦は勝ち上がったが、2回戦でAFCチャンピオンとなったシンシナティ・ベンガルズに敗れた。翌1982年はストライキで短縮されたシーズンを4勝5敗で終えた。1983年のドラフトではジム・ケリーを指名したが彼はUSFLでプレーすることを選んだ。1984年は開幕から11連敗して2勝14敗[2]、1985年も2勝14敗に終わった。

マーブ・リービーとジム・ケリーの時代

USFLが消滅した結果、ケリーは1986年にチームに入団した。この年のシーズン途中2勝7敗となった時点でチームはハンク・ブローフヘッドコーチを解任して[3]元カンザスシティ・チーフスのヘッドコーチだったマーブ・リービーを起用した。アンドレ・リード、ブルース・スミス、優秀なオフェンシブラインマンでチームの戦力は充実してきていた。1988年にドラフトでサーマン・トーマスが加入、その後4年連続でAFC東地区優勝を果たした。

1990年代に活躍したQBジム・ケリー
上から、RBのサーマン・トーマス、WRのアンドレ・リード、ディフェンスラインのブルース・スミス

1988年は、最初の12試合で11勝し、第12週に8年ぶりの地区優勝を決めて、12勝4敗でシーズンを終えたが、AFCチャンピオンシップゲームでシンシナティ・ベンガルズに2-10で敗れた[4]。

1989年はブルース・スミスが契約でもめ、さらに薬物問題で出場停止処分も受けた。チームは前半8試合を6勝2敗で折り返したが、シーズン後半の8試合で3勝5敗、シーズン5勝11敗のニューイングランド・ペイトリオッツ、3勝13敗のアトランタ・ファルコンズにも敗れた。最終週のニューヨーク・ジェッツとの対戦で37-0と圧勝したものの、クリーブランド・ブラウンズとのディビジョナルプレーオフでは、残り9秒にロニー・ハーモンがTDパスを落球、続くプレーで、ケリーのパスがクレイ・マシューズ・ジュニアにインターセプトされ、30-34で敗れた[4]。

1990年からビルズはノーハドルオフェンスという新しいオフェンススタイルを生み出した。チームは13勝3敗でプレーオフに進出、そして初のスーパーボウル出場を決めて、ニューヨーク・ジャイアンツと対戦した。この試合はリーグ最多得点のビルズとリーグ最少失点のジャイアンツの対決となった。ジャイアンツはボールコントロールオフェンスに徹してビルズのオフェンス時間を減らす作戦に出た。またヘッドコーチのビル・パーセルズと、ディフェンスコーディネーターのビル・ベリチックによって有効なディフェンスが取られた。残り8秒で19-20とリードされた状態で最後47ヤードのFGをスコット・ノーウッドに狙わせたが、キックは大きく右に外れてしまった (Wide Right)。

1991年は、13勝3敗でトーマスが最優秀攻撃選手に選ばれた。この年もプレーオフを勝ち上がり、第26回スーパーボウルでワシントン・レッドスキンズと対戦したが、前半終了時点で0-24とリードされ最終的にも24-37で敗れた。

1992年は、マイアミ・ドルフィンズに地区優勝を明け渡し、ケリーがレギュラーシーズンの最終戦で負傷してしまい、プレーオフを控えQBのフランク・ライクで戦うこととなった。初戦でリーグ3位のディフェンスを誇るヒューストン・オイラーズと対戦し、一時は3-35と大量リードされながらも、NFL史上最多得点差からの逆転勝利を果たした。さらに敵地でスティーラーズ、ドルフィンズを破り、3年連続スーパーボウル出場を決めた。しかし第27回スーパーボウルでは9回のターンオーバー(インターセプト4回、ファンブル5回)を喫してダラス・カウボーイズに17-52で敗れた。試合終了間際にビルズがファンブルしたボールをリカバーしたレオン・レットがボールを拾いタッチダウンする直前にパフォーマンスをしていたところ、ドン・ビービーが後ろから追いついてボールを掻き出して阻止しなければ、スーパーボウルワースト記録となる59失点をするところであった。

1993年、2年ぶりに地区優勝を果たし、プレーオフを勝ち上がり史上初の4年連続スーパーボウル出場を果たした。第28回スーパーボウルでは2年連続、ダラス・カウボーイズと対戦、ハーフタイムでは13-6とリードしたが、後半トーマスがファンブルし、そのボールをリターンタッチダウンされるなどして13-30で逆転負けした。1994年は、7勝9敗と負け越しプレーオフ出場を逃した。

1995年、10勝6敗で地区優勝を果たしプレーオフに出場した。ドルフィンズを破った後、第30回スーパーボウルに出場したスティーラーズに21-40で敗れた。1996年、ニューイングランド・ペイトリオッツに続いて地区2位となりプレーオフに出場したが、チーム創設2年目の新興チーム、ジャクソンビル・ジャガーズに敗れた。シーズン終了後、ケリーは引退した。トーマスもこの年エースRBの座を若いアントワン・スミスに明渡した。1997年、ケリーを失ったチームは6勝10敗に終わり、リービーコーチも引退した。

21世紀初頭の低迷期

1998年、チームには2人のQBが加わった。1人はジャガーズの控えQBだったロブ・ジョンソン、もう1人はハイズマン賞を受賞しCFLのスター選手となっていたダグ・フルーティである。トレーニングキャンプやプレシーズンゲームではフルーティの方が良い成績を収めたが新ヘッドコーチのウェイド・フィリップスはジョンソンをエースQBとした。しかしジョンソンはシーズン途中で負傷したため、以降はフルーティが先発QBとなった。この年チームはプレーオフに進出し、ドルフィンズとの試合ではエリック・モールズがレシーブで240ヤード獲得のプレーオフにおけるチーム記録を作ったが敗れた。

1999年は11勝5敗だったが、インディアナポリス・コルツに続く地区2位となりプレーオフに出場。この年10勝をあげたフルーティに代えてヘッドコーチは先発QBにジョンソンを起用したがテネシー・タイタンズに敗れた。この試合ビルズは残り16秒で41ヤードのFGを決めて16-15とリードしたが、直後のキックオフされたボールをラテラルパスされるなどしてリターンタッチダウンをあげられて敗戦した (Music City Miracle)。この試合終了後、チームのスペシャルコーチを13年間続けていたブルース・ディヘイブンは解任された。翌2000年、サーマン・トーマス、ブルース・スミス、アンドレ・リードが全て契約を打ち切られチームは8勝8敗だった。

2001年、チームを退団しサンディエゴ・チャージャーズに加入した元ゼネラルマネージャーのジョン・バトラーによりフルーティが引き抜かれ、長く続いたジョンソンとフルーティの先発QB争いに終止符が打たれた。ビルズ時代のフルーティは31試合に先発し21勝10敗だった。またヘッドコーチのフィリップスも退団しグレッグ・ウィリアムスが後任となった。バトラーの後任には1990年代にピッツバーグ・スティーラーズの再建に力を尽くしたトム・ドナヒューが就任した[5][6]。アントワン・スミスはペイトリオッツに移籍してチームのスーパーボウル制覇に貢献した。この年、ロブ・ジョンソンが負傷し、アレックス・ヴァンペルトが代わりに先発したが3勝13敗に終わった。アンドレ・リードはこの年現役を引退した[6]。

2002年にペイトリオッツから移籍したQBのドリュー・ブレッドソー

2002年4月、ペイトリオッツで先発QBの座をトム・ブレイディに奪われたドリュー・ブレッドソーを翌年のドラフト1巡目指名権と引き替えに獲得した[7]。またユニフォームを18年ぶりに新しいデザインに変更した[8]。この年の成績は8勝8敗と持ち直したが他チームが全て9勝7敗だったため地区最下位に終わった。

2003年、チームにはシンシナティ・ベンガルズヘッドコーチだったディック・ルボーがアシスタントコーチとして加入した[9]。スーパーボウルをこの年制したペイトリオッツを開幕戦で31-0で破ったが、最終的にはシーズン6勝10敗に終わった。3シーズンの間チームをプレーオフに導けなかったヘッドコーチのウィリアムスは解任され[10]、2004年からのヘッドコーチにはマイク・ムラーキーが就任した[11]。

2004年、チームは開幕から4連敗し平均13得点しかあげられなかった。同じく開幕4連敗していたドルフィンズに勝利し、続く9試合で7勝をあげてプレーオフ争いをしたが最終週に敗れてプレーオフ出場を逃した。シーズン終了後、チームはブレッドソーを解雇した。2005年、開幕からJ・P・ロスマンを先発QBに起用したが1勝3敗になったところでケリー・ホルコムが先発QBに昇格した。第10週のカンザスシティ・チーフス戦でホルコムが負傷するとロスマンがリリーフし、その試合に勝って先発の座に戻ったが、その後数試合の敗戦を経てホルコムが起用された。第13週のマイアミ・ドルフィンズ戦では21-0, 23-3とリードしながら第4Qに21点失点し23-24で敗れた。このシーズンは5勝11敗に終わりヘッドコーチのムラーキーとGMのトム・ドナヒューを解任[12]、ヘッドコーチにディック・ジャーロン、GMにマーブ・リービーを迎えた。

パスを投げるトレント・エドワーズ

2006年、J・P・ロスマンが先発QBとして全試合に出場、7勝9敗で終えた。2007年、新人QBのトレント・エドワーズがシーズン序盤に先発の座をロスマンから奪い、ドラフト1巡指名のマーショーン・リンチも活躍したが7勝9敗で終え、シーズン終了後リービーはGM退任を表明した。2008年、チームはホームゲームを1試合カナダのトロントにあるロジャース・センターで開催した[13]。

2009年にはテレル・オーウェンスを獲得したが、開幕前にオフェンスコーディネーターのターク・ショナートが解任された[14]チームの成績は低迷し、ヘッドコーチのジャーロンもシーズン中に解任[3]、ディフェンスコーディネーターのペリー・フェウェルが暫定ヘッドコーチとなった[15]。チームは6勝10敗で地区最下位に終わり、9インターセプトを挙げてプロボウルに選ばれたジェイラス・バードだけが明るいニュースであった。2009年の最終週からGMに就任したバディ・ニックスはテレル・オーウェンスをカット、2010年1月、チームは新ヘッドコーチに元ダラス・カウボーイズヘッドコーチのチャン・ゲイリー就任を発表した[16]。

2010年は開幕から苦しみ、連敗中に開幕から先発QBを務めていたトレント・エドワーズを解雇した[17]が、その後も8連敗を喫し、11月14日のデトロイト・ライオンズとの対戦で初勝利を挙げた[2]。また11月3日にはサンディエゴ・チャージャーズから放出されたショーン・メリマンを獲得した[18]。

2011年、チームは開幕から好調で第3週では21点差から逆転勝利し、8年ぶりにニューイングランド・ペイトリオッツを破るなど開幕3連勝を果たし[19]、エースQBのライアン・フィッツパトリックは契約延長を勝ち取った[20]。5勝2敗と好スタートを切ったが、その後エースRBのフレッド・ジャクソン[21]などけが人が続出、連敗を続けプレーオフを12年連続で逃した[22]。第16週のデンバー・ブロンコスとの対戦でティム・ティーボウから4インターセプトを奪うなど、40-14で勝利し連敗を7で止めた[23]。この年は6勝10敗でシーズンを終えた。

2012年2月21日、恒例としていたトロントでのプレシーズンゲーム開催の中止を決定した[24]。3月にヒューストン・テキサンズからフリーエージェントとなったマリオ・ウィリアムズを6年9,600万ドルで獲得した[25]。12月にラルフ・ウィルソン・スタジアムとのリース契約を10年延長した[26]。シーズンは6勝10敗で終わり、シーズン終了後、ヘッドコーチのゲイリーは解任された[27]。2013年1月、シラキュース大学ヘッドコーチのダグ・マローンが新ヘッドコーチに就任した[28]。この年のドラフト1巡目でQBのEJ・マニュエルを指名した。

2014年3月5日、トロントでのレギュラーシーズンの試合を中止することを発表した[29]。5万4,000人収容可能なロジャース・センターでの入場者数は2012年に4万770人と初めて5万人を割り、2013年は3万8,969人にとどまっていたのが理由であった[30]。3月25日、チームオーナーのラルフ・ウィルソンが95歳で死去[31]、ウィルソン夫人のメアリーがチーム売却までのオーナーとなった[32]。4月には、世界的富豪のドナルド・トランプがチームを購入しようとしているグループに接触したことを明らかにした[33]が、チームは9月にNHLバッファロー・セイバーズのオーナーであるテリー・ペグラに10億4,000万ドルで売却された[34]。この年チームはプレーオフ出場こそ逃したものの9勝7敗と10年ぶりに勝ち越しでシーズンを終えた。シーズン終了後の12月31日、ヘッドコーチのマローンはチームとの契約を解除して退団した[35]。

2015年1月13日、前年までジェッツのヘッドコーチを務めたレックス・ライアンがヘッドコーチに就任した[36]。2016年シーズンは二年連続して地区3位に終わり、2016年12月27日、ライアンは解雇され、カロライナ・パンサーズのディフェンシヴ・コーディネーターを務めたショーン・マクダーモットが後任となった。

ショーン・マクダーモットの時代

2018年から先発QBを務めるジョシュ・アレン

2017年は、1999年以来のプレーオフ出場をワイルドカードとして果たしたが初戦で敗退した。

2018年、シーズン前にQBのタイロッド・テイラーとOTのコーディ・グレンを放出した。開幕戦ではQBにネイサン・ピーターマンを起用するも、2試合目からはドラフト1巡目ルーキーのジョシュ・アレンを起用することになった。プレーオフを逃し、シーズンを終える。シーズン後、13年在籍したDTのカイル・ウィリアムスが引退した。

2019年はワイルドカードで2年ぶりにプレーオフに進出したが初戦で敗れた。

2020年シーズンは新型コロナウイルス感染症流行のため、レギュラーシーズンのホームでの全試合を無観客で開催することになった。ニューイングランド・ペイトリオッツが12連覇を逃し、13勝3敗で終えたビルズが25年ぶりに地区優勝を果たした。プレーオフ初戦と二戦目では抗原検査が陰性であったシーズンチケット保有者の一部6,772人に限り観戦を許された[37]。初戦ではインディアナポリス・コルツを破って25年ぶりのプレーオフ勝利をあげた。二戦目もボルチモア・レイブンズを下した。しかしながら、AFCチャンピオンシップゲームでは前年王者のカンザスシティ・チーフスに敗れ、27年ぶりのスーパーボウル進出とはならなかった。

2021年、3月18日にシカゴ・ベアーズからQBミッチェル・トゥルビスキーが加入した[38]。シーズン最後に4連勝して地区一位となり、3年連続してプレーオフに進出した。プレーオフ初戦では同地区ライバルのペイトリオッツに30点差で大勝したが、次戦ではWRガブリエル・デービスがプレーオフ新記録となる4レシービングタッチダウンをあげながら延長でカンザスシティ・チーフスに敗れた。この試合ではコイントスの結果、延長で一度も攻撃権を得られないままに敗れたために論議を呼び、シーズン後にはポストシーズンの延長で両チームに攻撃権を与えるようにルールが改定された。

1973年に建設されたハイマーク・スタジアムが老朽化し、高収入を得られる特別席が不足しているため、チームはオーナー変更以前から新スタジアムの建設あるいは本拠地移転を模索してきた[39]。ハイマーク・スタジアムとの契約が2023年で切れるため、2022年には公的資金も投入しての新スタジアム建設議論が活発となった[40]。2022年3月28日、チームはオーチャードパークに建設される新スタジアムの30年リース契約を結んだことを発表した。新スタジアムはその60%の建設費を州および郡が負担し、2023年に着工して2026年に完成予定である[41]。

2022年シーズンは、第15週で4年連続のプレーオフ進出を決め、翌第16週には地区優勝を決めた。第17週のすでにプレーオフ進出を決めているベンガルズ戦第1QでSのダマー・ハムリンがタックル後に昏倒し一時は心肺停止となったために試合はその時点で止められて延期された。日程の余裕がなく他のチームのプレーオフ進出には影響がないために、数日後には中止されて両チームは他チームより試合数が一つ少ないこととなり、ビルズは第2シードとなった。今シーズンのAFCチャンピオンシップゲームのシード順が、中止試合の結果次第で逆転したはずの場合は開催地は中立地とすることになった[42]。プレーオフ初戦のワイルドカードラウンドではドルフィンズを破った。だがディビジョナルラウンドではベンガルズに敗れた。

2023年シーズンは、6勝6敗で終えた12試合目以降から連勝して、最終週に他試合の結果によりプレーオフ進出を決めた。地区2位で迎えた首位ドルフィンズ相手の最終試合では第4QTRまで7-14とリードを許すも、ハーティーの96ヤード・パントリターン・タッチダウンで同点に追いつくとその後逆転して地区優勝を遂げ、第2シードでプレーオフに進んだ。プレーオフ初戦でピッツバーグ・スティーラーズに勝利した。二戦目でカンザスシティ・チーフスに3点差で敗れた。

文化

エレクトリック・カンパニー

1970年代のビルズの強力オフェンスは、エレクトリック・カンパニーと呼ばれた。中心メンバーであったRBのO・J・シンプソンは、史上初となるシーズン2000ヤードラッシュ(1973年)を始めとする、数多くのNFL新記録を樹立した。しかしながら、プレーオフに進んだ年は1974年のみで、プレーオフでも初戦で敗退している。

マスコット

チームの公式マスコットは、2000年に登場したアメリカバイソンのビリー・バッファロー(Billy Buffalo)である。体はチームカラーである青色で、背番号「BB」のユニフォームを着用している。身長は約2.2m。

チアリーダー

バッファロー・ジルズ(2010年)

かつて公式チアリーディングチームとしてバッファロー・ジルズ(Buffalo Jills)が活動していた。1967年に結成されて以来、ビルズの試合のパフォーマンスを始めとする様々な活動を行っていた。しかし、2014年4月22日、ジルズの元メンバー5人がビルズ経営陣に対し労働に対する報酬の未払いを理由に提訴し、解散となった[43]。ジルズのメンバーが従業員であるかどうかが裁判の争点となり、2017年5月18日、ニューヨーク州裁判所はジルズを独立した契約者ではなく、非免除の従業員であると判断したため、原告の勝利となった。しかし、ビルズ自身がジルズの直接の雇用主であるかどうかについては、裁判所は部分的な略式裁判を否定し、両者の和解が成立しない限り、雇用主が誰であるかは陪審員が決定することとした。2019年6月現在、この訴訟はまだ決着していない。訴訟後にビルズを買収したオーナーのテリー・ペグラとキム・ペグラは、ジルズに対する今後の計画についてはまだコメントしていないが、ビルズと並行して運営しているナショナル・ラクロス・リーグ(NLL)のバッファロー・バンディッツのチアリーディングチームは引き続き活動を行っている。

2024年シーズン

2024年シーズンのビルズの対戦相手
AFCNFC
前年西地区南地区北地区東地区西地区南地区北地区東地区
1位 チーフス テキサンズ レイブンズ ビルズ 49ers バッカニアーズ ライオンズ カウボーイズ
2位 レイダース ジャガーズ ブラウンズ ドルフィンズ ラムズ セインツ パッカーズ イーグルス
3位 ブロンコス コルツ スティーラーズ ジェッツ シーホークス ファルコンズ バイキングス ジャイアンツ
4位 チャージャーズ タイタンズ ベンガルズ ペイトリオッツ カージナルス パンサーズ ベアーズ コマンダース

 :1度対戦  :2度対戦

2023年シーズン及び過去10シーズンの成績
年成績地区勝敗分率DivCon総得点総失点平均得点平均失点
2023 ディビジョナル敗退1位(2)1160.6474–27–5451311 26.518.3
2022 ディビジョナル敗退1位(2)1330.8134-29-245528628.417.9
2021 ワイルドカード敗退1位(3)1160.6475-17-5483289 28.417.0
2020 カンファレンス敗退1位(2)1330.8136-010-2501375 31.323.4
2019 ワイルドカード敗退2位(5)1060.6253-37-5314259 19.616.2
2018 レギュラー敗退3位6100.3752–44–8269374 16.823.4
2017 ワイルドカード敗退2位(6)970.5633-37-5302359 18.922.4
2016 レギュラー敗退3位790.4381-54-8399378 24.923.6
2015 レギュラー敗退3位880.5004-27-5379359 23.722.4
2014 レギュラー敗退2位970.5634-25-7343289 21.418.1
2013 レギュラー敗退4位6100.3753-35-7339388 21.224.3

()内はシード順

2023年シーズン成績

AFC東地区 2023
チーム勝敗分勝率DivCon総得点総失点平均得点平均失点得失差
(2)バッファロー・ビルズ 1160.6474–27–5451311 26.518.38.2
(6)マイアミ・ドルフィンズ 1160.6474–27–5496391 29.223.06.2
ニューヨーク・ジェッツ 7100.4122–44–8268355 15.820.9-5.1
ニューイングランド・ペイトリオッツ 4130.2352–44–8236366 13.921.5-7.6
AFC 2023
順
位
チーム地
区
勝敗分勝率DIVCONSOSSOV
地区優勝
1 ボルチモア・レイブンズ 北 1340.7653–38–4 .543.529
2[lower-alpha 1][lower-alpha 2] バッファロー・ビルズ 東 1160.6474–27–5 .471.471
3[lower-alpha 2] カンザスシティ・チーフス 西 1160.6474–29–3 .481.428
4 ヒューストン・テキサンズ 南 1070.5884–27–5 .474.465
ワイルドカード
5[lower-alpha 3] クリーブランド・ブラウンズ 北 1160.6473–38–4 .536.513
6[lower-alpha 1][lower-alpha 3] マイアミ・ドルフィンズ 東 1160.6474–27–5 .450.358
7 ピッツバーグ・スティーラーズ 北 1070.5885–17–5 .540.571
レギュラーシーズン敗退
8[lower-alpha 4] シンシナティ・ベンガルズ 北 980.5291–54–8 .574.536
9[lower-alpha 5][lower-alpha 4] ジャクソンビル・ジャガーズ 南 980.5294–26–6 .533.477
10[lower-alpha 5] インディアナポリス・コルツ 南 980.5293–37–5 .491.444
11[lower-alpha 6] ラスベガス・レイダース 西 890.4714–26–6 .488.426
12[lower-alpha 6] デンバー・ブロンコス 西 890.4713–35–7 .488.485
13 ニューヨーク・ジェッツ 東 7100.4122–44–8 .502.454
14 テネシー・タイタンズ 南 6110.3531–54–8 .522.422
15 ロサンゼルス・チャージャーズ 西 5120.2941–53–9 .529.388
16 ニューイングランド・ペイトリオッツ 東 4130.2352–44–8 .522.529
タイブレーク
  1. 直接対決(第4週、第18週)でビルズがドルフィンズに勝利
  2. 直接対決(第14週)でビルズがチーフスに勝利
  3. カンファレンス勝率でブラウンズがドルフィンズを上回る
  4. 直接対決(第13週)でベンガルズがジャガーズに勝利
  5. 直接対決(第1週、第6週)でジャガーズがコルツに勝利
  6. 直接対決(第1週、第18週)でレイダースがブロンコスに勝利
                                       
    ワイルドカード・プレーオフディビジョナル・プレーオフ
    2024年1月15日
    レイモンド・ジェームス・スタジアム
        1月21日
    フォード・フィールド
        1月28日
    リーバイス・スタジアム
        2月11日
    アレジアント・スタジアム
     5  イーグルス  9
     4  バッカニアーズ  32 
    2024年1月14日
    フォード・フィールド
     4  バッカニアーズ  23
       3  ライオンズ  31  
     6  ラムズ  23 NFC
     3  ライオンズ  24  1月20日
    リーバイス・スタジアム
    2024年1月14日
    AT&Tスタジアム
     3  ライオンズ  31
       1  49ers  34  
    NFCチャンピオンシップ
    1月28日
    M&Tバンク・スタジアム
     7  パッカーズ  48
     7  パッカーズ  21
     2  カウボーイズ  32  
     1  49ers  24  
    2024年1月13日
    アローヘッド・スタジアム
    1月21日
    ハイマーク・スタジアム
     N1  49ers  22
       A3  チーフス  25
     6  ドルフィンズ  7 第58回スーパーボウル
     3  チーフス  26 
    2024年1月15日
    ハイマーク・スタジアム
     3  チーフス  27
       2  ビルズ  24  
     7  スティーラーズ  17 AFC
     2  ビルズ  31  1月20日
    M&Tバンク・スタジアム
    2024年1月13日
    NRGスタジアム
     3  チーフス  17
       1  レイブンズ  10  
    AFCチャンピオンシップ
     5  ブラウンズ  14
     4  テキサンズ  10
     4  テキサンズ  45  
     1  レイブンズ  34  
    • 対戦カードはレギュラーシーズン成績に基づくシード順で決定され、上位シードチームのホームで対戦する。そのラウンドに残ったチームの内の最上位シードが最下位シードと対戦するルールであるため、ディビジョナル・プレーオフの対戦カードはワイルドカードの結果により変動する。
    • スーパーボウル開催地は事前にオーナー会議で決定。その他の試合はシード上位のチームのホームで開催する。
    • チーム名の左の数字はシード順。
    • * は延長戦決着
    • 日付はアメリカ東部時間

    成績

    AFC東地区(4地区制)

    年地区優勝2位3位4位
    チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
    2023 BUF(2d)1160 MIA(6w)1160 NYJ7100 NE4130
    2022 BUF(2d)1330 MIA(7w)980 NE890 NYJ7100
    2021 BUF(3d)1160 NE (6w)1070 MIA980 NYJ4130
    2020 BUF(2c)1330 MIA1060 NE790 NYJ2140
    2019 NE (3w)1240 BUF(5w)1060 NYJ790 MIA5110
    2018 NE (2v)1150 MIA790 BUF6100 NYJ4120
    2017 NE (1s)1330 BUF(6w)970 MIA6100 NYJ5110
    2016 NE (1v)1420 MIA(6w)1060 BUF790 NYJ5110
    2015 NE (2c)1240 NYJ1060 BUF880 MIA5110
    2014 NE (1v)1240 BUF970 MIA880 NYJ4120
    2013 NE (2c)1240 NYJ880 MIA880 BUF6100
    2012 NE (2c)1240 MIA790 NYJ6100 BUF6100
    2011 NE (1s)1330 NYJ880 MIA6100 BUF6100
    2010 NE (1d)1420 NYJ(6c)1150 MIA790 BUF4120
    2009 NE (3w)1060 NYJ(5c)970 MIA790 BUF6100
    2008 MIA(3w)1150 NE1150 NYJ970 BUF790
    2007 NE (1s)1600 BUF790 NYJ4120 MIA1150
    2006 NE (4c)1240 NYJ(5w)1060 BUF790 MIA6100
    2005 NE (4d)1060 MIA970 BUF5110 NYJ4120
    2004 NE (2v)1420 NYJ(5d)1060 BUF970 MIA4120
    2003 NE (1v)1420 MIA1060 BUF6100 NYJ6100
    2002 NYJ(4d)970 NE970 MIA970 BUF880

    AFC東地区(3地区制)

    年地区優勝2位3位4位5位
    チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
    2001 NE(2v)1150 MIA(4w)1150 NYJ(6w)1060 IND6100 BUF3130
    2000 MIA(3d)1150 IND(6w)1060 NYJ970 BUF880 NE5110
    1999 IND(2d)1330 BUF(5w)1150 MIA(6d)970 NYJ880 NE880
    1998 NYJ(2c)1240 MIA(4d)1060 BUF(5w)1060 NE(6w)970 IND3130
    1997 NE(3d)1060 MIA(6w)970 NYJ970 BUF6100 IND3130
    1996 NE(2s)1150 BUF(4w)1060 IND(6w)970 MIA880 NYJ1150
    1995 BUF(3d)1060 IND(5c)970 MIA(6w)970 NE6100 NYJ3130
    1994 MIA(3d)1060 NE(5w)1060 IND880 BUF790 NYJ6100
    1993 BUF(1s)1240 MIA970 NYJ880 NE5110 IND4120
    1992 MIA(2c)1150 BUF(4s)1150 IND970 NYJ4120 NE2140
    1991 BUF(1s)1330 NYJ(6w)880 MIA880 NE6100 IND1150
    1990 BUF(1s)1330 MIA(4d)1240 IND790 NYJ6100 NE1150
    1989 BUF(3d)970 IND880 MIA880 NE5110 NYJ4120
    1988 BUF(2c)1240 IND970 NE970 NYJ871 MIA6100
    1987 IND(3d)960 NE870 MIA870 BUF780 NYJ690
    1986 NE(3d)1150 NYJ(4d)1060 MIA880 BUF4120 IND3130
    1985 MIA(2c)1240 NYJ(4w)1150 NE(5s)1150 IND5110 BUF2140
    1984 MIA(1s)1420 NE970 NYJ790 IND4120 BUF2140
    1983 MIA(2d)1240 NE880 BUF880 BAL790 NYJ790
    1982 MIA(2s)720 NYJ(6c)630 NE(7w)540 BUF450 BAL081
    1981 MIA(2d)1141 NYJ(4w)1051 BUF(5d)1060 BAL2140 NE2140
    1980 BUF(3d)1150 NE1060 MIA880 BAL790 NYJ4120
    1979 MIA(3d)1060 NE970 NYJ880 BUF790 BAL5110
    1978 NE(2d)1150 MIA(4w)1150 NYJ880 BUF5110 BAL5110
    1977 BAL(2d)1040 MIA1040 NE950 BUF3110 NYJ3110
    1976 BAL(2d)1130 NE(4d)1130 MIA680 NYJ3110 BUF2120
    1975 BAL(3d)1040 MIA1040 BUF860 NYJ3110 NE3110
    1974 MIA(d)1130 BUF(d)950 NE770 NYJ770 BAL2120
    1973 MIA(v)1220 BUF950 NE590 NYJ4100 BAL4100
    1972 MIA(v)1400 NYJ770 BAL590 BUF491 NE3110
    1971 MIA(s)1031 BAL(c)1040 NE680 NYJ680 BUF1130
    1970 BAL(v)1121 MIA(d)1040 NYJ4100 BUF3101 BOS2120

    AFL東地区

    年地区優勝2位3位4位5位
    チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
    1969 NY(d)1040 HOU(d)662 BOS4100 BUF4100 MIA3101
    1968 NY(V)1130 HOU770 MIA581 BOS4100 BUF1121
    1967 HOU(a)941 NY851 BUF4100 MIA4100 BOS3101
    1966 BUF(a)941 BOS842 NY662 HOU3110 MIA3110
    スーパーボウル開始
    1965 BUF(a)1031 NY581 BOS482 HOU4100
    1964 BUF(v)1220 BOS1031 NY581 HOU4100
    1963 BOS(a)761 BUF(d)761 HOU680 NY581
    1962 HOU(a)1130 BOS941 BUF761 NY590
    1961 HOU(v)1031 BOS941 NY770 BUF680
    1960 HOU(v)1040 NY770 BUF581 BOS590

    プレーオフ

    Note: 勝 = 勝, 敗 = 敗, 分 = 引分

    シーズン勝敗分最終順位プレーオフ
    1963761AFL東地区2位AFL東地区プレーオフ敗退 8-26(ボストン・ペイトリオッツ)
    19641220AFL東地区優勝AFLチャンピオンシップ優勝 20-7(サンディエゴ・チャージャーズ)
    19651031AFL東地区優勝AFLチャンピオンシップ優勝 23-0(サンディエゴ・チャージャーズ)
    1966941AFL東地区優勝AFLチャンピオンシップ敗退 7-31(カンザスシティ・チーフス)
    1974950AFC東地区2位ディビジョナル・プレーオフ敗退 14-32(ピッツバーグ・スティーラーズ)
    19801150AFC東地区優勝ディビジョナル・プレーオフ敗退 14-20(サンディエゴ・チャージャーズ)
    19811060AFC東地区3位ワイルドカード勝利 31-27(ニューヨーク・ジェッツ)
    ディビジョナル・プレーオフ敗退 21-28(シンシナティ・ベンガルズ)
    19881240AFC東地区優勝ディビジョナル・プレーオフ勝利 17-10(ヒューストン・オイラーズ)
    カンファレンス・チャンピオンシップ敗退 10-21(シンシナティ・ベンガルズ)
    1989970AFC東地区優勝ディビジョナル・プレーオフ敗退 30-34(クリーブランド・ブラウンズ)
    19901330AFC東地区優勝ディビジョナル・プレーオフ勝利 44-34(マイアミ・ドルフィンズ)
    カンファレンス・チャンピオンシップ勝利 51-3(ロサンゼルス・レイダース)
    第25回スーパーボウル敗退 19-20 (ニューヨーク・ジャイアンツ)
    19911330AFC東地区優勝ディビジョナル・プレーオフ勝利 37-14(カンザスシティ・チーフス)
    カンファレンス・チャンピオンシップ勝利 10-7(デンバー・ブロンコス)
    第26回スーパーボウル敗退 24-37(ワシントン・レッドスキンズ)
    19921150AFC東地区2位ワイルドカード勝利 41-38(ヒューストン・オイラーズ)
    ディビジョナル・プレーオフ勝利 24-3(ピッツバーグ・スティーラーズ)
    カンファレンス・チャンピオンシップ勝利 29-10(マイアミ・ドルフィンズ)
    第27回スーパーボウル敗退 17-52(ダラス・カウボーイズ)
    19931240AFC東地区優勝ディビジョナル・プレーオフ勝利 29-23(ロサンゼルス・レイダース)
    カンファレンス・チャンピオンシップ勝利 30-13(カンザスシティ・チーフス)
    第28回スーパーボウル敗退 13-30(ダラス・カウボーイズ)
    19951060AFC東地区優勝ワイルドカード勝利 37-22(マイアミ・ドルフィンズ)
    ディビジョナル・プレーオフ敗退 21-40(ピッツバーグ・スティーラーズ)
    19961060AFC東地区2位ワイルドカード敗退 27-30(ジャクソンビル・ジャガーズ)
    19981060AFC東地区3位ワイルドカード敗退 17-24(マイアミ・ドルフィンズ)
    19991150AFC東地区2位ワイルドカード敗退 16-23(テネシー・タイタンズ)
    2017970AFC東地区2位ワイルドカード敗退 3-10(ジャクソンビル・ジャガーズ)
    20191060AFC東地区2位ワイルドカード敗退 19-22(ヒューストン・テキサンズ)
    20201330AFC東地区1位ワイルドカード勝利 27-24(インディアナポリス・コルツ)
    ディビジョナル・プレーオフ勝利 17-3 (ボルティモア・レイヴンズ)
    カンファレンス・チャンピオンシップ敗退 24-38 (カンサスシティ・チーフス
    20211160AFC東地区1位ワイルドカード勝利 47-17(ニューイングランド・ペイトリオッツ)
    ディビジョナル・プレーオフ敗退 36-42 (カンサスシティ・チーフス)

    主な選手

    永久欠番

    バッファロー・ビルズ 永久欠番一覧
    背番号 名前 ポジション 在籍期間
    12ジム・ケリーJim KellyQB1986–1996
    34サーマン・トーマスThurman ThomasRB1988–1999
    78ブルース・スミスBruce SmithDE1985–1999

    永久欠番にはなっていないものの以下の番号は選手の栄誉を讃え、現在使用されていない。

    プロフットボール殿堂

    プロフットボール殿堂入りメンバー一覧
    選手
    背番号名前ポジション在籍期間選出年
    32O・J・シンプソンO. J. SimpsonRB1969–19771985
    66ビリー・ショーBilly ShawOG1961–19691999
    12ジム・ケリーJim KellyQB1986–19962002
    80ジェームズ・ロフトンJames LoftonWR1989–19922003
    68ジョー・ドゥラムリアJoe DeLamielleureOG1973–1979, 19852003
    34サーマン・トーマスThurman ThomasRB1988–19992007
    78ブルース・スミスBruce SmithDE1985–19992009
    83アンドレ・リードAndre ReedWR1985–19992014
    81テレル・オーウェンスTerrell OwensWR20092018
    16トム・フローレスTom FloresQB1967–19692021
    -コーチ1971
    コーチ・エグゼクティブ
    名前役職在籍期間選出年
    マーブ・リービーMarv Levyヘッドコーチ1986–19972001
    GM2006–2007
    ラルフ・ウィルソンRalph Wilsonオーナー1959–20142009
    ビル・ポリアンBill PolianGM1984–19922015

    ウォール・オブ・フェイム

    50周年記念チーム(2009)

    歴代ヘッドコーチ

    • バスター・ラムジー (1960 - 1961)
    • ルー・セイバン (1962 - 1965)
    • ジョー・コリエル (1966 - 1968)
    • ハーベイ・ジョンソン (1968)
    • ジョン・ラウチ (1969 - 1970)
    • ハーベイ・ジョンソン (1971)
    • ルー・セイバン (1972 - 1976)
    • ジム・リンゴ (1976 - 1977)
    • チャック・ノックス (1978 - 1982)
    • ケイ・スティーブンソン (1983 - 1985)
    • ハンク・ブローフ (1985 - 1986)
    • マーブ・リービー (1986 - 1997)
    • ウェイド・フィリップス (1998 - 2000)
    • グレッグ・ウィリアムズ (2001 - 2003)
    • マイク・ムラーキー (2004 - 2005)
    • ディック・ジャーロン (2006 - 2009)
    • ペリー・フェウェル (2009)
    • チャン・ゲイリー (2010 - 2012)
    • ダグ・マローン (2013 - 2014)
    • レックス・ライアン (2015 - 2016)
    • ショーン・マクダーモット (2017 - 現在)

    その他

    • AFCで4年連続チャンピオンとなった唯一のチームである。
    • スーパーボウルではビルズの4連敗を含めて第19回から第31回まで13年連続AFCのチームは敗れている。
    • スペシャルチームのスティーブ・タスカーは7回プロボウルに選ばれて1993年にはプロボウルのMVPを受賞した。

    脚注

    注釈

    1. ただし、2004年から2010年までリー・エバンス (Lee Evans)が83番を着用していた。

    出典

    1. “MNF History: 1975”. ABC (2002年8月29日). 2013年6月1日閲覧。
    2. “ビルズが今季初勝利、ライオンズはロード戦25連敗”. NFL JAPAN (2010年11月15日). 2010年11月20日閲覧。
    3. “3勝6敗と不振のビルズ、ジャーロンHC解任”. NFL JAPAN (2009年11月18日). 2010年4月20日閲覧。
    4. Michael Tracz (2011年9月20日). “WHY YOU CAN'T BLAME..RONNIE HARMON FOR COSTING THE BILLS IN THE '89 PLAYOFF”. buffalowins.com. 2014年1月4日閲覧。
    5. “Bills Name Donahoe Pres./GM”. CBSスポーツ (2001年1月10日). 2010年8月2日閲覧。
    6. “チームインフォメーション”. NFL JAPAN (2001年). 2010年8月2日閲覧。
    7. “QBブレッドソー、トレードでビルズ移籍”. NFL JAPAN (2002年4月21日). 2010年4月19日閲覧。
    8. “ビルズが新ユニフォームを公開”. NFL JAPAN (2002年6月8日). 2010年8月2日閲覧。
    9. “レボウ、ビルズに加入”. NFL JAPAN (2003年3月10日). 2010年4月20日閲覧。
    10. “ビルズ、グレッグ・ウィリアムスを解雇”. NFL JAPAN (2003年12月30日). 2010年4月20日閲覧。
    11. “ビルズの新HCはムラーキー”. NFL JAPAN (2004年1月15日). 2010年4月19日閲覧。
    12. “Bills owner fires Donahoe, will be team president”. ESPN (2006年1月5日). 2010年8月2日閲覧。
    13. 近藤祐司 (2008年12月12日). “ビルズのトロント移転への布石? カナダゲームの意義を考察”. NFL JAPAN. 2010年4月20日閲覧。
    14. 生沢浩 (2009年9月10日). “今こそ“Change”!傷だらけの3チーム”. NFL JAPAN. 2010年4月19日閲覧。
    15. 来季のビルズ新指揮官、大物就任の可能性は? NFL JAPAN 2009年11月21日
    16. “ビルズ新HC、元カウボーイズ指揮官のゲイリー氏が就任”. NFL JAPAN (2010年1月20日). 2010年1月24日閲覧。
    17. “ビルズ、不振のQBエドワーズを解雇”. NFL JAPAN (2010年9月28日). 2010年11月20日閲覧。
    18. “前チャージャースのLBメリマンがビルズ移籍”. NFL JAPAN (2010年11月4日). 2010年11月20日閲覧。
    19. 近藤祐司 (2011年9月30日). “ドアマットからの躍進 ビルズとライオンズの強さの秘訣【前編】”. NFL JAPAN. 2011年12月12日閲覧。
    20. “ビルズQBフィッツパトリック、6年45億円で契約延長”. NFL JAPAN (2011年10月29日). 2011年12月12日閲覧。
    21. “ビルズに痛手、エースRBジャクソンが今季絶望”. NFL JAPAN (2011年11月24日). 2011年12月12日閲覧。
    22. “チャージャースがビルズ一蹴、逆転地区Vへ希望つなぐ”. NFL JAPAN (2011年12月12日). 2011年12月12日閲覧。
    23. “ブロンコス痛恨の連敗、ティーボウが4INT献上で自滅”. NFL JAPAN (2011年12月25日). 2011年12月25日閲覧。
    24. “ビルズがプレシーズンのトロント開催を中止”. NFL JAPAN (2012年2月22日). 2014年4月5日閲覧。
    25. “ビルズ、LBウィリアムスと6年80億円の契約”. NFL JAPAN (2012年3月16日). 2013年1月2日閲覧。
    26. “ビルズ、本拠地とのリース契約を10年延長”. NFL JAPAN (2012年12月22日). 2013年1月2日閲覧。
    27. “ビルズ、ディフェンス改善に苦戦のゲイリーHCを解任”. NFL JAPAN (2013年1月1日). 2013年1月2日閲覧。
    28. “ビルズの新監督はシラキュース大のダグ・マローン”. アメフトNewsJapan (2013年1月6日). 2013年1月20日閲覧。
    29. “ビルズ、2014シーズンはトロント開催中止”. NFL JAPAN (2014年3月6日). 2014年4月5日閲覧。
    30. 渡辺史敏 (2013年12月6日). “遠征効果に陰り? 行き詰まったビルズのトロント遠征”. NFL JAPAN. 2014年4月5日閲覧。
    31. “ビルズの名オーナー、ウィルソン氏が死去”. NFL JAPAN (2014年3月26日). 2014年4月5日閲覧。
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    33. “大富豪トランプ氏がNFLオーナーに!? ビルズ購入を検討か”. NFL JAPAN (2014年4月4日). 2014年4月5日閲覧。
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