ブライアン・ブリス

ブライアン・ボイヤー・ブリス(Brian Boyer Bliss、1965年9月28日 - )は元アメリカ合衆国代表のサッカー選手である。ポジションはディフェンダーであった。現在はスポルティング・カンザスシティの選手人事担当である。彼はまた、U-20サッカーアメリカ合衆国代表のアシスタントコーチでもある。

ブライアン・ブリス
名前
ラテン文字 Brian Boyer Bliss
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 (1965-09-28) 1965年9月28日(58歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国・ニューヨーク州ウェブスター
身長 173cm
選手情報
ポジション DF
ユース
1983-1988 アメリカ合衆国の旗 南コネチカット大学
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
1987-1988 アメリカ合衆国の旗 クリーブランド・フォース 51 (4)
1989 アメリカ合衆国の旗 アルバニー・キャピタルズ 5 (0)
1990 アメリカ合衆国の旗 ボストン・ボルツ  ? (?)
1990-1991 ドイツの旗 エネルギー・コットブス 13 (1)
1991 ドイツの旗 ケムニッツFC 12 (0)
1992-1996 ドイツの旗 FCカールツァイス・イェーナ 83 (1)
1996-1997 アメリカ合衆国の旗 コロンバス・クルー 31 (2)
1997 アメリカ合衆国の旗 メトロスターズ 16 (0)
1998 アメリカ合衆国の旗 カンザスシティ・ウィザーズ 3 (0)
1999 アメリカ合衆国の旗 コネチカット・ウルブス 22 (0)
代表歴
1984-1995 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 33 (2)
監督歴
1999 アメリカ合衆国の旗 コネチカット・ウルブス
2006 アメリカ合衆国の旗 カンザスシティ・ウィザーズ (暫定)
2013 アメリカ合衆国の旗 コロンバス・クルー (暫定)
2015 アメリカ合衆国の旗 シカゴ・ファイアー (暫定)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

ブリスはプロ選手として、欧州と米国で活躍した。アメリカ代表として33試合に出場し、2得点を記録した。1990年のイタリアワールドカップのメンバーとしても名を連ねた。

選手として

キャリア草創期

ブリスはニューヨーク州ウェブスターの高校を卒業後、1983年から1986年まで南コネチカット大学に在籍した。1984年12月2日、彼はエクアドル代表との試合で代表デビューをし、試合は2-2の引き分けであった。その後、しばらく代表からは身を引き、1987年に代表招集に応じ、その年の3試合の代表の試合のうち、2試合に出場した。同年、メジャーインドアサッカーリーグのクリーブランド・フォースがドラフト第1巡目の指名でブリスを引き当て、1987-1988年の1シーズン所属した。1988年、ソウルオリンピックに参加。翌年、アメリカン・サッカーリーグのアルバニー・キャピタルズで5試合出場した。しかしながら、この頃までには代表チームにおいて、彼はレギュラーメンバーとして1990年のワールドカップ予選のほぼ全試合に出場していた。ワールドカップ本戦では、グループリーグの3試合のうち、オーストリア戦に途中出場したのみで終わった。1990年、アメリカン・プロフェッショナル・サッカーリーグのボストン・ボルツに加入した[1]。

ヨーロッパでのキャリア

ワールドカップの後、ブリスはドイツに渡り、NOFVオーバーリーガのエネルギー・コットブスに所属した。その後、ケムニッツFC、FCカールツァイス・イェーナを渡り歩いた。自国開催の1994年ワールドカップには、膝軟骨損傷のため、最終選考で落選した[2]。

MLS(メジャーリーグサッカー)でのキャリア

メジャーリーグサッカーが最初のシーズンを準備するにあたり、リーグ加盟チームへ公平に有名選手を分配することを始めた。この過程において、ブリスはコロンバス・クルーに振り分けられた。コロンバスで1シーズン半の選手生活をした後、交換トレードでメトロスターズに移籍した。1997年のシーズンをメトロスターズで終えた後、今度はカンザスシティ・ウィザーズへとトレード移籍となった。翌年の1998年は、3試合の出場にとどまり、1999年にコネチカット・ウルブスで選手生活にピリオドを打った。

コーチとして

引退後すぐの1999年、コネチカット・ウルブスの監督として1シーズン率いた。翌年、カンザスシティ・ウィザーズのアシスタントコーチとなった。2006年7月19日、監督のボブ・ギャンスラーが退陣すると、代わりにウィザーズの暫定監督となった。

その後、コロンバス・クルーのテクニカルダイレクターを6シーズン務め、サポーターズ・シールド2回受賞、MLSカップ1回獲得を支えた。2013年にはロベルト・ヴァジハの更迭にともない、グレッグ・バーホルターの招聘までの間、暫定監督に着任した。

シカゴ・ファイアーのテクニカルダイレクターであった、2015年シーズンにも暫定監督を務めた[3]。

彼はスポルティング・カンザスシティの選手人事担当として、2016年1月より、職に就いている[3]。

脚注

  1. “ASL 1990 Season”. a-leaguearchive.tripod.com (2007年1月27日). 2012年3月17日閲覧。
  2. “U.S. Roster Selected For the World Cup”. New York Times (1994年6月2日). 2012年3月17日閲覧。
  3. “Sporting KC names Brian Bliss Director of Player Personnel”. MLS (2016年1月5日). 2017年12月4日閲覧。

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.