ブルーノ (チンパンジー)

ブルーノ(Bruno、1986年 - )は、シエラレオネ共和国の大型チンパンジーである。2006年に一人の人間を殺害し、配下のチンパンジーの群れに複数の人間を襲わせて重傷を負わせ、その後、2024年現在においても逃走し続けている[1]。

事件の背景

国民が貧困に喘いでいたシエラレオネでは、住民は子供のチンパンジーを捕獲しそれを売却することで外貨収入を得ていた。その際、住民は母子のチンパンジーを捕獲し、商品価値の低い親のチンパンジーは殺害することが一般であった。シエラレオネ政府はチンパンジーの親子を密猟者から守るために保護区を設定したが、住民が行う無計画な森林伐採によりチンパンジーが人間から隠れ逃れることが困難になった[2]。

ブルーノの生い立ち

1988年、保護区の経理担当職員バーラ・アマラセカランと妻のシャルマイラは、シエラレオネ共和国の首都フリータウンの北部150キロに存在する小さな村の市場で幼い一匹の弱々しいチンパンジーが売られているのを発見し、20ドルで購入した[3][4][5]。その子ザルはもし夫妻が購入を決断しなかったならばじきに衰弱死したであろうと考えられている[4][1]。夫妻はその子に元気に育ってほしいと願い、当時マイク・タイソンと戦った英国のヘビー級のボクサーフランク・ブルーノにちなんでブルーノと名付けた。[5][6]。

生後数年間、夫妻は自宅でブルーノを家で檻に入れずに育てたが、二匹目のチンパンジーのジュリーを引き取る際に手狭になり、庭に檻を設置し二匹を収容した。保護地が設営されたとき、ブルーノは大きくなりすぎたので他のチンパンジーとは別に檻にとどめ置かれた。1998年電気フェンスで囲んだ囲いが設置され、その中に彼も解き放たれた[4]。

ブルーノの身体能力と知力

成長した体長は180cm、体重は90kgを優に超えた。そして口腔には2インチ (5.08cm)の犬歯を有していた[7]。平均的な雄のチンパンジーが体長85cm、体重40-60kgであることを考えるとその巨体は群れの中でひときわ際立っていた[8]。 ブルーノは巨大な体躯と体力、優れた運動能力とリーダーシップによってボスとして群れを完全に支配した[4]。

一般にチンパンジーの投擲能力は限られたものであるが[9]、ブルーノに限っては優れた投擲の能力を有し、自分が気に入らない観客に対して正確に糞や様々な大きさの石を投げつけ当てることができた[4][6]。

失踪

チンパンジーの生育地は二重のフェンスで囲まれ、それに加え電気柵が設置されていた。生育地内への出入りには複数の鍵を開けるという工程を経なければならなかった。管理側は類人猿には理解できない複雑な開錠操作と電気ショックによるオペラント条件付けにより完全にチンパンジーの集団を管理出来ていると信じていた。だがチンパンジーたちは日頃人間たちがどのようにゲートの鍵を開錠するのか冷静に観察し、その方法を学習していったのである。2006年、ブルーノはゲートの扉を開くことに成功し、部下を連れて保護地を脱出した[4]。

このチンパンジーの集団脱走に対し、アマラセカラン夫妻を含め保護区の職員は当初楽観的見通しを持っていた。チンパンジーらは野生のチンパンジーのグループに迎えられて彼らと同化していくと考えたのである[4]。だが後述のように人間に育てられたチンパンジーが野生の集団に溶け込むことはできなかった。

襲撃事件

2006年4月、本保護区から約3キロ離れたレスター・ピーク・ジャンクションに新しい米国大使館が建設されていた。4月23日の日曜日、建設現場で働くキャドル・コンストラクション・カンパニーから派遣され働いていたアラン・ロバートソン、ギャリー・ブラウン[10][11]、リッチー・ゴッディーらの三人の米国人の下請け会社の労働者とシエラレオネ人のメルヴィン・ママーが、地元出身のアイサ・カヌー[12]運転のタクシーを借りて本施設の視察に向かった[6] [7] 。

途中、暗い藪の中の間道に差し掛かり、観光客たちがふと車中から外を眺めると、チンパンジーの群れが静かに自分たちをじっと見つめているのに気が付いた。彼らは自分たちが置かれている危険な状況を理解できず、好奇心からカメラを取り出してそれらを撮影しようとした。地元出身のカヌーは、チンパンジーが危険な動物であることを熟知していたので、ただちに彼らを制止し、すぐに窓を閉めるように指示し、とにかくその場を急いで離れようとした。しかしながら、カヌーはチンパンジーの恐ろしさを知っているがゆえに恐怖のあまり冷静さを失い、運転操作を誤って保護区のゲートに車体を突っ込んでしまい、鉄製の檻に引っかかり抜け出ることができなくなってしまったのである[6]。

ブルーノの残忍さ

ブルーノはこぶしで車のフロントガラスを叩き割り、運転手のカヌーを車体から引きずり出し、首根っこをつかみ、頭部を地面に何回も叩きつけ失神させ、手と足の指の爪を剥がし、そのあと四肢のすべての指を噛み切って切断した[13]。こうして予め抵抗の能力を封じておいて、次に、生きたまま彼の顔面を食いちぎり始め、死に至らしめた[6][14]。

残りの四人の人間はバラバラの方向に逃げ出した[1]。

恐怖心で判断力を失った人間たちはチンパンジーの狩猟本能の赴くまま個別に捕まり惨虐にいたぶられた。 被害状況から判断すると、チンパンジーたちは常に自分たちを迫害してきた現地人(黒人)と、外来者の人間(白人)を区別し対処している。彼らの憎しみは主に黒人に向けられている。 シエラレオネ人のママーは腕に重傷を負わされ、後に病院に搬送されたが切断手術が必要となった[14]。 これらの惨劇は朝の8時から同45分までのわずか45分間の間に起こったことである。

捜索

事態の重大さに驚愕したシエラレオネ政府は直ちに事態の収拾と対策に乗り出した。いつもならば対応の遅いアフリカの行政府が迅速に動いた理由のひとつに、被害者に主要な経済援助国の米国民が多数含まれたことも関係していると考えられる。 政府は直ちに警察隊を現場に派遣し、脱走したチンパンジーたちの捜索に取り掛かったが、彼らを見つけ出すことはできなかった[14]。

警察が地域住民に対し行ったことは、チンパンジーに遭遇したときは近づかない様に警告することのみであった[14]。 本気で自分たちを守ろうとしない警察に住民は苛立ち、怒りと恐怖のあまり暴動状態に陥った。警察は彼らを静めるために、拳銃を空に向けて威嚇射撃をせざるを得なかった[14]。業を煮やした政府は次に自動小銃で武装した兵士からなる増援部隊を送り込み、作業員に対する厳重な護衛のもと現場一帯をコンバインで刈り取る作業を行い、森林と居住地域との間に緩衝地帯を設けた[14]。保護区当局はジャングルのいたるところに赤外線感知の自動カメラを設置してチンパンジーの動きを察知しようとしたがその効果は限定的であった[4][1]。

脱走したチンパンジーのその後

保護区から逃亡することで一度は自由を満喫したチンパンジー達であったが、人間の手で育てられ、野生の中で生きる術を学んでこなかった彼らは野生の集団に迎え入れられることはなく、やがて窮し、9匹は自発的に保護区に戻ってこざるを得なかった。結果的に27匹は捕獲されたが、残りの4匹はいまだ捕らえられずにいる[1][15]。そのなかにブルーノが含まれる。彼は幾たびか自動カメラに姿が捉えられることはあったが、現在に至るまで捕獲はされていない[4][6]。

ブルーノの伝説化

事件のあと、シエラレオネ政府のオケレ・アダムス観光大臣はフリータウン郊外の現場を訪れ、警察はチンパンジーを探し出し、保護区に連れ戻すために捜索を行っていると語った[14]。警察はAFP通信に対して、自分たちの目的はあくまでも捜索であり、チンパンジーを傷つけるつもりはないと声明を出している[14]。

日本とオーストラリアの友好に多大な功績を残した事で知られるポール・グリン(パウロ・グリン)神父は、著書"King Bruno"にてブルーノに対する同情的な記述を残した。

書籍

  • Paul Glynn 2013 King Bruno. Gola Books.

脚注

  1. MIKE SHANAHAN. “King Bruno: A chimpanzee’s tale of tragedy and hope”. MIKE SHANAHAN. 2016年7月11日閲覧。
  2. standardtimespress
  3. この額についてはStandard Times Press (23 April 2006)の記事ではMike Shanahan記者は購入した金額を30ドルとしている。
  4. Tacugama Chimpanzee Sanctuary. “tacugama.com/the-sanctuary/bruno”. Tacugama Chimpanzee Sanctuary. 2016年7月9日閲覧。
  5. Paul Glynn 2013 King Bruno Gola Books.
  6. Breaking News. First. “Killer chimp still at large”. news24archives. 2016年4月25日閲覧。
  7. Primate and Monkey News!. “Monkeys In The News: Texas man tells story of fatal chimp attack”. Primate and Monkey News!. 2016年8月13日閲覧。
  8. 山極寿一 「チンパンジー」『動物世界遺産 レッド・データ・アニマルズ6 アフリカ』小原秀雄・浦本昌紀・太田英利・松井正文編著、講談社、2000年、148-149頁
  9. Sid Perkins. Baseball players reveal how humans evolved to throw so well ---A catapult-like mechanism allows energy to be stored in shoulder and torso, a video study of pitchers reveals.Nture Nature doi:10.1038/nature.2013.13281
  10. Gary Brown
  11. ブラウンはテキサス出身の51歳で、のちPrimate and Monkey News!のインタビューに応じ、詳細に事件について語っている。
  12. Theophilus S. Gbendaによればカヌーは米国人たちの滞在中キャドウェル社に長期契約により専属の運転手として雇われていた。
  13. ただしMike Shanahan(2013,Feb.4)は失われた指の数を3本と記している。
  14. BBC News. “Police hunt Leone 'killer chimps'”. BBC News. 2016年7月9日閲覧。
  15. BBC News, 24 April 2006では脱走した数が24匹としている。

外部リンク

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