ベロニカ・キャンベル=ブラウン

ベロニカ・キャンベル=ブラウン(Veronica Campbell-Brown、1982年5月15日 - )は、ジャマイカの陸上競技選手である。オリンピックで8つのメダルを獲得しており、特に200mでは、2004年、2008年と連覇している。これは、ベーベル・エッカート(東ドイツ)が1976年、1980年に達成して以来で、女子では史上2人目となった。

ベロニカ・キャンベル=ブラウン Portal:陸上競技
選手情報
フルネーム ベロニカ・キャンベル=ブラウン
国籍 ジャマイカの旗 ジャマイカ
種目 短距離走
生年月日 (1982-05-15) 1982年5月15日(41歳)
生誕地 ジャマイカ、トレローニー教区
居住地 アメリカ合衆国フロリダ州
身長 163cm
体重 61kg
自己ベスト
100m 10秒76 (2011年)
200m 21秒74 (2008年)
400m 52秒25 (2011年)
獲得メダル
ジャマイカの旗 ジャマイカ
陸上競技
オリンピック
金2004 アテネ200m
金2004 アテネ4x100mリレー
金2008 北京200m
銀2000 シドニー4x100mリレー
銀2012 ロンドン4x100mリレー
銀2016 リオ4x100mリレー
銅2004 アテネ100m
銅2012 ロンドン100m
世界選手権
金2007 大阪100m
金2011 テグ200m
金2015 北京4x100mリレー
銀2005 ヘルシンキ100m
銀2005 ヘルシンキ4x100mリレー
銀2007 大阪200m
銀2007 大阪4x100mリレー
銀2009 ベルリン200m
銀2011 テグ100m
銀2011 テグ4x100mリレー
銅2015 北京200m
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経歴

ジュニアの時代から頭角を現しており、1999年の世界ユース選手権では、100mと4×100mリレーの2種目で金メダルを獲得している。翌2000年には、世界ジュニア選手権で史上初めて100mと200mで2冠を達成した。その年のシドニーオリンピックでは、18歳にして4×100mリレーのメンバーとして参加し、銀メダルを獲得した。

2004年アテネオリンピックでは、まず100mで銅メダルを獲得すると、200mでは、後のライバルとなるアメリカのアリソン・フェリックスを抑えて金メダルを獲得。さらに4×100mリレーでも優勝し、金メダル2個を含め3つのメダルを獲得する大活躍であった。

翌年の世界選手権では100m、4×100mリレーで2個の銀メダルを獲得した。200mでは優勝候補と見られていたが、決勝ではカーブを曲がりきれずに外側のレーンにはみ出てしまった。失格にこそならなかったものの、直線でクリスティーン・アーロン(フランス)にかわされ、メダルを逃した。

2007年の世界選手権女子100m決勝では、長い写真判定の結果、2位のローリン・ウィリアムズ(アメリカ)と11秒01の同タイムながら、金メダルを獲得した。また、200mはフェリックスに敗れて銀メダルであった。4×100mリレーでは、アンカーのキャンベルがトーリ・エドワーズ(アメリカ)との差を縮めたが、わずかに100分の3秒及ばず、こちらも銀メダルであった。

2007年11月、アーカンソー大学時代の同級生で陸上選手のオマー・ブラウンと結婚し、ベロニカ・キャンベルからベロニカ・キャンベル=ブラウンとなった。結婚式にはマリーン・オッティ、タイソン・ゲイや、ジャマイカ首相のブルース・ゴールディングらも出席した。

2008年北京オリンピック国内選考会の100mでは、10秒88という好タイムを記録するも4位に終わり、世界チャンピオンが国内選考会で敗れるという波乱の展開となった。しかし、200mでは貫禄を見せて優勝。タイムは21秒94の自己ベストであった。迎えたオリンピックの開会式ではジャマイカ選手団の旗手を務め、200mでは、自己ベストを大きく更新する21秒74で優勝した。4×100mリレーは、キャンベル=ブラウンに加え、100mでメダルを独占した3人(シェリー=アン・フレーザー、シェローン・シンプソン、ケロン・スチュワート)というメンバーで、世界記録更新も期待されていたが、決勝ではバトンミスにより失格となった。

2013年6月、禁止薬物(フロセミド)の陽性反応を示した[1][2]。

主な実績

年 大会 場所 種目 結果 記録
1999 世界ユース選手権 ブィドゴシュチュ(ポーランド) 100m 1位 11秒49
2000 世界ジュニア選手権 サンティアゴ(チリ) 100m 1位 11秒12
2000 世界ジュニア選手権 サンティアゴ(チリ) 200m 1位 22秒87
2000 オリンピック シドニー(オーストラリア) 4x100mR 2位 42秒13
2002 コモンウェルスゲームズ マンチェスター(イギリス) 100m 2位 11秒00
2004 オリンピック アテネ(ギリシャ) 100m 3位 10秒97
2004 オリンピック アテネ(ギリシャ) 200m 1位 22秒05
2004 オリンピック アテネ(ギリシャ) 4x100mR 1位 41秒73
2004 IAAFワールドアスレチックファイナル モンテカルロ(モナコ) 100m 1位 10秒91
2004 IAAFワールドアスレチックファイナル モンテカルロ(モナコ) 200m 1位 22秒64
2005 世界選手権 ヘルシンキ(フィンランド) 100m 2位 10秒95
2005 世界選手権 ヘルシンキ(フィンランド) 200m 4位 22秒38
2005 世界選手権 ヘルシンキ(フィンランド) 4x100mR 2位 41秒99
2005 IAAFワールドアスレチックファイナル モンテカルロ(モナコ) 100m 1位 10秒92
2005 IAAFワールドアスレチックファイナル モンテカルロ(モナコ) 200m 2位 22秒37
2006 コモンウェルスゲームズ メルボルン(オーストラリア) 200m 2位 22秒72
2007 世界選手権 大阪(日本) 100m 1位 11秒01
2007 世界選手権 大阪(日本) 200m 2位 22秒34
2007 世界選手権 大阪(日本) 4x100mR 2位 42秒01
2008 オリンピック 北京(中国) 200m 1位 21秒74
2009 世界選手権 ベルリン(ドイツ) 100m 4位 10秒95
2009 世界選手権 ベルリン(ドイツ) 200m 2位 22秒35
2010 世界室内選手権 ドーハ(カタール) 60m 1位 7秒00
2011 世界選手権 テグ(韓国) 100m 2位 10秒97
2011 世界選手権 テグ(韓国) 200m 1位 22秒22
2011 世界選手権 テグ(韓国) 4x100mR 2位 41秒70
2012 オリンピック ロンドン(イギリス) 100m 3位 10秒81

自己ベスト

種目記録風速場所日付備考
60m
7秒00
(室内)
ドーハ(カタール)2010年3月14日世界歴代10位
100m10秒76+1.1 m/sオストラヴァ(チェコ)2011年5月31日世界歴代10位
200m21秒74+0.6 m/s北京(中国)2008年8月21日
200m22秒38
(室内)
バーミンガム(イギリス)2005年2月18日世界歴代5位
400m52秒25
―
オーランド(アメリカ合衆国)2011年3月26日
400m52秒24
(室内)
フェイエットビル(アメリカ合衆国)2005年1月22日

脚注

外部リンク

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