ペトロス・ペルサキス

ペトロス・ペルサキス(Petros Persakis、希: Πέτρος Περσάκης、1879年 - 1952年)は、ギリシャの元体操競技選手である。 彼は1896年に開催されたアテネオリンピックの体操競技で銀メダル1個、銅メダル1個の合計2個のメダルを獲得した[1]。

ペトロス・ペルサキス
選手情報
フルネーム ペトロス・ペルサキス
国籍 ギリシャの旗 ギリシャ
生年月日 1879年 
生誕地 ギリシャの旗 ギリシャ・アッティカ地方アッティカ県アテネ
没年月日 1952年
種目 体操競技
所属 Panellinios G.S, Athina (GRE)
獲得メダル
オリンピック
銀1896平行棒団体
銅1896つり輪

経歴

ペルサキスは、アテネオリンピックで実施された体操競技のうち、平行棒団体種目とつり輪の合わせて2種目に出場した。

平行棒団体競技では、彼の所属するPanellinios G.S(en:Panellinios G.S)が2位に入ったため、銀メダルを獲得した[2][3]。

この大会のつり輪競技は、ペルサキスと同じくギリシャから出場したイオアニス・ミトロポウロスとドイツ代表のヘルマン・ヴァインゲルトナーが激しい金メダル争いを演じたことで知られる。この競技でペルサキスは出場7選手中の3位に入り、銅メダル獲得を果たした[4]。

なお、同じアテネオリンピックの陸上競技三段跳で銅メダルを獲得したイオアニス・ペルサキスは、彼の実兄である。

脚注

  1. 1896年のアテネオリンピックでは2位の選手には銀メダルではなく銅メダルが授与され、3位の選手には賞状が授与されていたが、獲得メダルの表示及び本文の表現は便宜上第2回以降と同様のものを用いている。
  2. 1896 Summer Olympics Athens, Greece Gymnastics(英語)
  3. 平行棒団体競技は、ドイツから1チーム、開催国ギリシャから2チームのあわせて3チームのみが出場し、選手は3チーム合計で63名だった。ペルサキスの所属するPanellinios G.Sからは彼を含めて33名の選手が出場したが、氏名が判明しているのはペルサキスを含めて4名のみである。
  4. Gymnastics at the 1896 Athina Summer Games:Men's RingsArchived 2020年4月17日, at the Wayback Machine.(英語)

関連項目

外部リンク

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