ボブ・デヨング

ボブ・デヨング(Bob de Jong、1976年11月13日 - )は、オランダレイマイデン出身の男子スピードスケート選手。15年以上に渡りトップレベルで活躍した長距離種目のスペシャリストである。

Bob de Jong
ボブ・デヨング
2008年ワールドカップ(ヘーレンフェーン)
基本情報
国籍 オランダの旗 オランダ
誕生日 (1976-11-13) 1976年11月13日(47歳)
出身地 レイマイデン
身長 1.81m
体重 82kg
公式サイト www.bobdejong.net
獲得メダル
男子スピードスケート
オランダの旗 オランダ
オリンピック
2006 トリノ10000m
1998 長野10000m
2010 バンクーバー10000m
2014 ソチ10000m
世界距離別選手権
1999 ヘーレンフェーン10000m
2002 ソルトレークシティ5000m
2003 ベルリン10000m
2005 インツェル10000m
2011 インツェル5000m
2011 インツェル10000m
2012 ヘーレンフェーン10000m
1998 カルガリー10000m
2000 長野5000m
2000 長野10000m
2002 ソルトレークシティ10000m
2003 ベルリン5000m
2004 ソウル10000m
2005 インツェル5000m
2012 ヘーレンフェーン5000m
1997 ワルシャワ10000m
1999 ヘーレンフェーン5000m
2008 長野10000m
2009 リッチモンド10000m
2013 ソチ10000m

経歴

幼少期からスケートに熱中する。当時は祖父母の家の近くにあった湖を滑り、夏はローラースケートで練習した。早くから頭角を現し、1995年の世界ジュニア選手権で優勝。翌年の同大会では3000mの世界記録をマークした[1]。同年にシニアの国際舞台にデビューし、長距離(5000/10000mの合算)でワールドカップ総合3位に入る。初めての五輪となった長野オリンピックでは10000mで銀メダルを獲得。さらに1999年の世界距離別選手権で初優勝を果たすなど、順調に実績を積み重ねていった。

しかし、優勝候補として臨んだソルトレークシティオリンピックでは、プレッシャーに勝てずメダルを逃した。その後アマチュアに転じ、土木技師として働きながら[2]地元の学生たちとのトレーニングなどを行い[1]、トリノオリンピックでは念願の金メダルを手にした。その後、バンクーバー・ソチの2度のオリンピックでもメダルを獲得。

2011年には、その年に傑出したパフォーマンスを見せたスピードスケート選手に贈られるオスカー・マティセン賞(英語版)を授与され、オランダ スポーツマンオブザイヤーにもノミネートされた[3]。またオランダで最も優れた長距離スピードスケーターに贈られるアルト・シェンク賞(英語版)にも2度選ばれている[4][5]

ソチオリンピックの後に現役を引退。2018年平昌オリンピックでは韓国チームのコーチを務めた。

人物・エピソード

  • ニックネームは「ウッディー」である。
  • 少年期にはサッカー水泳もしていた[1]
  • アスリートとしてのモットーは「徹底的に取り組むことで夢の実現に近づける」(By working very thoroughly one can reach the success of his dreams.)[3]
  • 長野オリンピックのメダルはウィレム=アレクサンダーから受け取っている[1]
  • 2007年にはオランダの「Dancing with the Stars」というテレビ番組でダンスを披露している[3]

脚注

  1. 公式ウェブサイトのバイオグラフィ
  2. 土木技師デヨングが金/Sスケート-スポーツニッポン2006年2月26日
  3. Speed Skating - Biographies - Bob de Jong-国際スケート連盟のバイオグラフィ
  4. Ard Schenk Award voor Wüst en De Jong-nu.nl2011年3月16日
  5. Historie AEGON Ard Schenk Award -De Telegraaf2007年10月11日

外部リンク

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