マット・ダウンズ

マシュー・ラッセル・ダウンズ(Matthew Russell "Matt" Downs, Sr., 1984年3月19日 - )は、アメリカ合衆国・アラバマ州タスカルーサ出身の元プロ野球選手(ユーティリティプレーヤー)。右投右打。現在は、マリオン軍事大学(Marion Military Institute)の監督を務めている。

マット・ダウンズ
Matt Downs
アストロズでの現役時代(2012年7月2日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アラバマ州タスカルーサ
生年月日 (1984-03-19) 1984年3月19日(40歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
190 lb =約86.2 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション ユーティリティプレーヤー(二塁手登録)
プロ入り 2006年 ドラフト36巡目でサンフランシスコ・ジャイアンツから指名
初出場 2009年6月16日 対ロサンゼルス・エンゼルス戦
最終出場 2012年10月3日 対シカゴ・カブス戦
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

経歴

アマチュア時代

2003年のMLBドラフトでピッツバーグ・パイレーツから25巡目指名されるも入団せず。

プロ入りとマイナー時代とジャイアンツ時代

2006年のMLBドラフトでサンフランシスコ・ジャイアンツから36巡目指名され、入団。この年は、傘下のルーキー級アリゾナリーグ・ジャイアンツでプレーした。

2007年は、A-級セイレムカイザー・ボルケーノズでプレーした。

2008年は、A+級サンノゼ・ジャイアンツで109試合に出場した。この年の、カリフォルニア・リーグのオールスターゲームにも選出された。その後、AAA級フレズノ・グリズリーズに昇格し22試合に出場した。

2009年は、開幕前にメジャーのスプリングトレーニングに招待された。しかし、開幕はAAA級フレズノで迎えた。6月16日にエマニュエル・バリスとの入れ替えでメジャーに昇格した。7月3日にAAA級フレズノに降格した。7月21日に故障で離脱したフアン・ウリーベに替わって再昇格した。

2010年は前年同様、開幕前にメジャーのスプリングトレーニングに招待されるも、開幕はAAA級フレズノで迎えた[1]。4月17日にアーロン・ローワンドの怪我での離脱に伴って、メジャーに昇格した[2]。エドガー・レンテリアとフレディ・サンチェスがDL入りしている際は、ウリーベと共にニ遊間を組んだ。5月29日にサンチェスが復帰し[3]、5月27日にウォルディス・ホアキンとの入れ替えでAAA級フレズノに再降格した[4]。6月にメジャーに再昇格したが、3試合に出場した後、再々降格した。8月23日にフロリダ・マーリンズから獲得したばかりのコディ・ロスをロースターに登録する為、DFAとなった[5]。

アストロズ時代

2010年8月25日にウェーバーでヒューストン・アストロズへ移籍した。傘下のAAA級ラウンドロック・エクスプレスへ異動した[6]。9月1日にメジャーに昇格した。

2012年オフにFAとなった[7]。

2013年1月25日にマイアミ・マーリンズとマイナー契約を結んだ[8]。開幕前のスプリングトレーニングには招待選手として出場していたが、3月26日にマイナーのスプリングトレーニングへ異動した[9]。この年は、傘下のAAA級ニューオーリンズ・ゼファーズでプレーした。

マリオン軍事大学の監督時代

2013年11月にマリオン軍事大学の監督に就任する[10]。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
2009 SF 136053692011421001610132.170.250.264.514
2010 2988786197012970001801181.244.318.372.690
HOU 1121192200020000010120.105.190.105.295
'10計 40109978217013170001902201.216.294.320.614
2011 1062221992955180101034100011705473.276.347.518.865
2012 91191178153641866162410814385.202.253.371.624
通算:4年 25458252758121311202146634134021111811.230.296.406.702

背番号

  • 37 (2009年)
  • 34 (2010年 - 同年途中)
  • 16 (2010年途中 - 2012年)

脚注

外部リンク

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