マリー・ド・ブルゴーニュ (1386-1422)

生涯

ブルゴーニュ公爵夫妻の第8子、四女として生まれた。長兄ジャン・サン・プールはブルゴーニュ公、次兄アントワーヌはブラバント公、弟フィリップはヌヴェール伯およびルテル伯である。長姉マルグリットは下バイエルン=シュトラウビング公・エノー伯・ホラント伯・ゼーラント伯ヴィルヘルム2世の妻、次姉カトリーヌはオーストリア公レオポルト4世の妻である。

1401年10月27日、アラスにおいて父方の従姉ボンヌ・ド・ベリーとサヴォイア伯アメデーオ7世の間の長男であるサヴォイア伯アメデーオ8世と結婚した。1416年、夫が神聖ローマ皇帝ジギスムントによって帝国伯から公爵に昇格を許され、1418年にはピエモンテ公の称号も与えられた。そのためマリーも公爵夫人を名乗ることになった。1422年に死去し、オートコンブ修道院に葬られた。

子女

夫との間に少なくとも9人の子女をもうけている。

  • マルゲリータ(1405年)
  • アントーニオ(1407年)
  • アントーニオ(1408年)
  • マリーア(1411年 - 1469年) - 1427年、ミラノ公フィリッポ・マリーア・ヴィスコンティと結婚
  • アメデーオ(1412年 - 1431年) - ピエモンテ公
  • ルドヴィーコ(1413年 - 1465年) - サヴォイア公
  • ボナ(1415年 - 1430年)
  • フィリッポ(1417年 - 1444年) - ジュネーヴ伯
  • マルゲリータ(1420年 - 1479年) - 1432年にアンジュー公ルイ3世と結婚、1444年にプファルツ選帝侯ルートヴィヒ4世と再婚、1453年にヴュルテンベルク伯ウルリヒ5世と三婚
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.