マーティン・オマリー

マーティン・ジョセフ・オマリー英語: Martin Joseph O'Malley1963年1月18日 - )は、アメリカ合衆国の政治家、弁護士。ボルチモア市評議会評議員、第47代ボルチモア市長、第61代メリーランド州知事、民主党知事会会長などを歴任した。

マーティン・オマリー
Martin O'Malley
2016年1月21日
生年月日 (1963-01-18) 1963年1月18日(61歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ワシントンD.C.
出身校 アメリカカトリック大学
メリーランド大学ロー・スクール
前職 弁護士
所属政党 民主党
称号 文学士(アメリカカトリック大学)
法務博士(メリーランド大学
配偶者 ケイティ・オマリー(1990 - )
子女 4人
サイン
公式サイト Martin O'Malley for President

当選回数 2回
在任期間 2007年1月17日 - 2015年1月21日
副知事 アンソニー・グレゴリー・ブラウン

当選回数 2回
在任期間 1999年12月7日 - 2007年1月17日
州知事 パリス・ネルソン・グレンディニング
ロバート・リロイ・アーリック・ジュニア

経歴

生い立ち

1963年1月18日にワシントンD.C.にて、母のバーバラと父のトーマス・マーティンの息子として誕生する。父のトーマスは第二次世界大戦で活動したアメリカ空軍の航空兵で、広島市への原子爆弾投下にも立ち会ったアイルランド系の人物である。

カトリック系私立学校を経てゴンザガ大学高等学校に入学し、在学中の1982年から政治活動に参加。1984年アメリカ合衆国大統領選挙民主党予備選挙ではゲーリー・ハートの選挙ボランティアを務めた。1985年に同校を卒業してアメリカカトリック大学に進学し、アイオワ州でボランティア活動に励んだ他にギターで楽曲を作詞・作曲するなどしている。

アメリカカトリック大学卒業後の1988年メリーランド大学で法務博士(専門職)号と弁護士の資格を取得した。

ボルチモア市評議員

1990年メリーランド州上院議員選挙の民主党予備選挙に第43選挙区候補として立候補するも44票のみしか獲得できず、現職議員に敗退する。1991年ボルチモア市評議会評議員選挙に出馬して当選し、1999年まで在職した。

ボルチモア市長

民主党の現職であるカート・シュモークが次期ボルチモア市長選挙への不出馬を表明したことから、1999年9月の民主党予備選挙への立候補を表明し、53パーセントの支持を得て市長選挙の民主党候補に選出される。同年11月の本選挙では90パーセント以上の得票で共和党候補を降ろし、47代目ボルチモア市長に選出された。

再選を期した2003年の市長選挙では民主党予備選挙で4人の対立候補に攻撃されるも67パーセントの支持を得て勝ち抜き、本選挙でも共和党の新人を降ろして再選を果たした。

メリーランド州知事

オマリーは2002年にもメリーランド州知事選挙への出馬を検討していたが結局は出馬せず、ボルチモア市長2期目の2005年10月に2006年に実施される州知事選挙への出馬を表明した。民主党予備選挙で州知事選挙の候補に選出された後、同年11月の本選挙で共和党の現職であるボブ・アーリックを降ろして61代目メリーランド州知事に選出された。

再選を期した2010年の州知事選挙で再びアーリックと対決するも、本選で56パーセントの票を獲得して州知事に再選した。

2016年アメリカ合衆国大統領選挙

2015年5月30日に2016年アメリカ合衆国大統領選挙2016年アメリカ合衆国大統領民主党予備選挙に出馬することを表明した[1]。民主党からヒラリー・クリントン、共和党からジェブ・ブッシュが大統領選挙への出馬を表明したことを念頭に、「大統領という職は(クリントン、ブッシュ)両家の間で継承し合う王冠では無い」と述べた[2]。指名レース初戦のアイオワ州党員集会で代議員を獲得できず、2016年2月1日に予備選挙から撤退した[3]

人物・政策

脚注

外部リンク

公職
先代
カート・シュモーク
ボルチモア市長
第47代:1999年12月7日 - 2007年1月17日
次代
シーラ・ディクソン
先代
ボブ・アーリック
メリーランド州の旗 メリーランド州知事
第61代:2007年1月17日 - 2015年1月21日
次代
ラリー・ホーガン
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