モアテン・オルセン

モアテン・オルセン(Morten Olsen, 1949年8月14日 - )は、デンマーク・ヴォアディンボー出身の元同国代表サッカー選手、元サッカー指導者。現役時代のポジションはDF(リベロ)。

モアテン・オルセン
名前
カタカナ モアテン・ペア・オルセン
ラテン文字 Morten Per Olsen
基本情報
国籍  デンマーク
生年月日 (1949-08-14) 1949年8月14日(74歳)
出身地 ヴォアディンボー
身長 183cm
体重 74kg
選手情報
ポジション DF
利き足 右足
ユース
1957-1969 デンマークの旗 ヴォアディンボーIF
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
1970-1972 デンマークの旗 B 1901 40 (2)
1972-1976 ベルギーの旗 サークル・ブルッヘ 132 (8)
1976-1980 ベルギーの旗 ラシン・ホワイト 106 (4)
1980-1986 ベルギーの旗 アンデルレヒト 173 (2)
1986-1989 ドイツの旗 ケルン 80 (2)
通算 531 (18)
代表歴
1970-1974  デンマーク U-21 5 (1)
1970-1989 デンマークの旗 デンマーク 102 (4)
監督歴
1989-1992 デンマークの旗 ブレンビーIF
1992-1994 ドイツの旗 1.FCケルン
1997-1998 オランダの旗 アヤックス・アムステルダム
2000-2015 デンマークの旗 デンマーク
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

デンマーク語発音により近い表記は「モーデン・オールスン」。

略歴

現役時代はベルギーのRSCアンデルレヒトやドイツの1.FCケルンなどに所属し「世界最高のリベロ」と評された世界屈指のセンターバックであった。同胞のアラン・シモンセンと比べると大器晩成型の選手で30代を過ぎてから世界的に注目されるようになった。

デンマーク代表では名将、ゼップ・ピオンテック監督の下で主将を務め、ダニッシュ・ダイナマイトと評された攻撃的なチームを守備の面から支え、80年代の同国の躍進に大きく貢献した。

1989年に39歳で現役引退すると直ぐに指導者の道を歩み、ブレンビーIFやアヤックスで監督を務めた後、2000年にデンマーク代表の監督に就任する。ヨン・ダール・トマソン、イェスパー・グレンケアらを擁する好チームを作り上げ、2002年のワールドカップ日韓大会と2004年のUEFA EUROでは本大会に進出し、共に決勝トーナメントに導いたが、2006年のワールドカップドイツ大会欧州予選ではウクライナやトルコ、ギリシャといった強豪が集う死のグループに属し予選3位の結果に終わった。

2010年のワールドカップ南アフリカ大会ではベテラン選手を中心としたチームを編成しオランダ、日本、カメルーンからなるグループEで3位に終わった。

2012年のヨーロッパ選手権ウクライナ・ポーランド大会ではドイツ、ポルトガル、オランダからなるグループBで3位に終わった。

2015年3月17日に2016年ヨーロッパ選手権フランス大会後に監督職から引退することを表明した。

最終的に2016年ヨーロッパ選手権フランス大会予選のプレーオフでスウェーデン代表を相手に敗戦し、本大会出場権を逃した直後に監督職から引退した。

15年間代表監督を務めたオルセンはデンマーク代表の歴史上最も長く代表監督を務めた人物である(2位は同職を11年間務めたゼップ・ピオンテック)。

個人成績

代表

試合数
  • 国際Aマッチ 102試合 4得点(1970年 - 1989年)
デンマーク代表国際Aマッチ
年出場得点
197030
197192
197250
197310
197460
197520
197640
197720
197830
197960
198050
198150
198260
1983100
1984100
198570
1986110
198750
198871
198931
通算1024
得点
#開催日開催地対戦国スコア結果大会
11971年5月5日デンマークの旗 コペンハーゲン、コペンハーゲン・イドラーツパルクスイスの旗 スイス2-04-0ミュンヘンオリンピック・予選
21971年8月1日デンマークの旗 オールボー、オールボー・スタディオンイングランドの旗 イングランド2-13-2親善試合
31988年6月5日デンマークの旗 オーデンセ、オーデンセ・スタディオンベルギーの旗 ベルギー1-13-1親善試合
41989年6月18日デンマークの旗 コペンハーゲン、コペンハーゲン・イドラーツパルクブラジルの旗 ブラジル1-04-0トーリ・トーナメント

タイトル

クラブ

監督

個人

出典

    外部リンク

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