ヤン・シュラウドラフ

ヤン・シュラウドラフ(Jan Schlaudraff、1983年7月18日 - )は、ドイツ・ノルトライン=ヴェストファーレン州ヴァルトブレール出身の元サッカー選手。元ドイツ代表。現役時代のポジションはフォワード。

ヤン・シュラウドラフ
名前
ラテン文字 Jan SCHLAUDRAFF
基本情報
国籍 ドイツの旗 ドイツ
生年月日 (1983-07-18) 1983年7月18日(40歳)
出身地 ヴァルトブレール
身長 180cm
体重 72kg
選手情報
ポジション CF
背番号 13
利き足 右
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2001–2002 ドイツの旗 ハッシア・ビンゲン 16 (10)
2002–2004 ドイツの旗 ボルシアMG 10 (0)
2002–2004 ドイツの旗 ボルシアMG II 61 (27)
2005–2007 ドイツの旗 アレマニア・アーヘン 72 (19)
2007–2008 ドイツの旗 バイエルン・ミュンヘン 8 (0)
2007–2008 ドイツの旗 バイエルン・ミュンヘンII 5 (1)
2008–2015 ドイツの旗 ハノーファー96 140 (17)
2010-2015 ドイツの旗 ハノーファー96 II 2 (2)
通算 310 (76)
代表歴
2002–2003 ドイツの旗 ドイツ U-20 6 (0)
2004 ドイツの旗 ドイツ U-21 3 (0)
2006–2007 ドイツの旗 ドイツ 3 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

2022年1月からオーストリア・ブンデスリーガに属するSKNザンクト・ペルテンのスポーツ部門取締役を務めている。

選手経歴

幼少期

6歳の時、地元クラブのJSGヴィッセンでサッカーを始め、10歳からはハッシア・ビンゲンでプレーする。

ボルシア・メンヒェングラットバッハ

2002-03シーズン、19歳でボルシア・メンヒェングラットバッハとプロ契約し、2003年2月19日、VfLヴォルフスブルク戦においてドイツ・ブンデスリーガ1部でのデビューを果たす。同シーズン、ドイツ・ブンデスリーガで4試合に出場。度重なる怪我や細菌性関節炎の影響により長期離脱が重なり、2004年6月までブンデスリーガ1部での出場は10試合に留まった[1]。

アレマニア・アーヘン

2004-05シーズン、当時ドイツ・ブンデスリーガ2部に属していたアレマニア・アーヘンに移籍、後半シーズン17試合中15試合に出場[2]。在籍2シーズン目となった2005-2006シーズンには抜群のゴール嗅覚を武器に29試合で11ゴール7アシストを記録。チームの中心選手へと成長し、ブンデスリーガ1部昇格の原動力となった[3]。

2006-07シーズン、28試合に出場し8得点を記録する。チームNr.1の得点数を決めた。 2006年12月20日、DFBポカールのベスト16においてFCバイエルン・ミュンヘンと対戦、先発出場で1得点を決めチームの勝利に貢献した。

FCバイエルン・ミュンヘン

2007年1月にはその活躍が評価され同じくドイツ・ブンデスリーガ1部に属するFCバイエルン・ミュンヘンへの移籍が内定した。2007年7月から新クラブに加入したものの、度重なる負傷や厳しいライバル争いに敗れている形で、公式戦での出場機会は14試合と限られた。

ハノーファー96

2008-09シーズン、同じくドイツ・ブンデスリーガ1部に属するハノーファー96と2012年6月30日までの契約で完全移籍した。自身初戦となるボルシア・メンヒェングラットバッハとの試合で2得点を記録し、勝利に貢献した。この頃からフォワードではなくトップ下のポジションで試合に出場する事が主になり[4]、2008-09シーズンはリーグ戦で合計22試合に出場して5得点4アシスト、2010-11シーズンでは21試合で4得点7アシストを記録しチームを牽引した。

UEFAヨーロッパリーグ 2011-12予選ラウンドのプレーオフで優勝候補のセビージャFCと対戦、2得点を決めグループラウンド進出へとチームを導いた[5]。 2011年12月、ハノーファー96と2015年6月30日まで契約延長した[6]。

2012年2月16日、UEFAヨーロッパリーグ 2011-12決勝ラウンドのラウンド32におけるクラブ・ブルッヘ戦で決勝点を決めた。 この試合でスティーブ・チェルンドロ交代後、自身初めてハノーファー96のキャプテンマークを付けた[7]。同シーズンはUEFAヨーロッパリーグの準々決勝まで進出した。

2014-15年シーズン終了後、31歳で現役生活にピリオドを打った。ハノーファー96では172試合の公式戦に出場し25得点30アシストを記録した[8]。

ドイツ代表

2002年8月21日、U-20スイス代表との親善試合で、U-20ドイツ代表デビューを果たす。 U-21ドイツ代表には2004年度は3回召集され、同年8月17日のU-21リトアニア代表戦で、U-21ドイツ代表デビューを果たす。

2006年10月7日、ジョージア代表戦でドイツA代表デビューを飾った。

クラブ役員

UEFA Bライセンスを取得後、当時1.FCケルンのスポーツ部門取締役を務めていたヨルク・シュマトケとホルスト・ヘルトスポーツディレクターの下でフロントスタッフとしての研修を受ける。2016年8月からケルンに本社を置くエージェント会社SportsTotalのスカウティングや選手のケアを担当するスタッフに就任した[9]。

2019年4月、ハノーファー96のスポーツ部門取締役のアシスタントに就任[10]。

2019年7月、同クラブのスポーツディレクターに昇進した[11]。

2022年1月3日、オーストリア・ブンデスリーガに属するSKNザンクト・ペルテンのスポーツ部門取締役に就任した[12]。同クラブはドイツ・ブンデスリーガ1部に属するVfLヴォルフスブルクと2025年までの業務提携を締結しており、ヴォルフスブルク側の推薦もあり実現した人事となった[13]。

タイトル

FCバイエルン・ミュンヘン

表彰

2006年9月、 ドイツ・ブンデスリーガ月間最優秀選手に選出。

2006年11月、ドイツ・ブンデスリーガ月間最優秀ゴール[14]に選出。

2011年11月、ドイツ・ブンデスリーガ月間最優秀ゴール[15][16]に選出。

2011-12シーズン、ドイツ・ブンデスリーガシーズン最優秀ゴールに選出[17]。

2012年3月、ニーダーザクセン州の年間最優秀選手に選出。

その他

2007年、シンガー・ソングライターのラインハルト・メイと共にバラード曲「Drei Jahre und ein Tag」をレコーディング、アルバム「Bunter Hund」に収録されている。 ビデオゲーム「Pro Evolution Soccer 2008」のドイツ版の表紙をクリスティアーノ・ロナウドと一緒に飾っている。

脚注

外部リンク


This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.