ユーリ・ジルコフ

ユーリ・ヴァレンティノヴィチ・ジルコフロシア語: Ю́рий Валенти́нович Жирко́в, 1983年8月20日 - )は、ロシアの元サッカー選手。元ロシア代表。現役時代のポジションはミッドフィールダーディフェンダー。「ロシアのロナウジーニョ」と評されるテクニシャン。

ユーリ・ジルコフ
ゼニトでのジルコフ(2020年)
名前
本名 ユーリ・ヴァレンティノヴィチ・ジルコフ
Yuri Valentinovich Zhirkov
ラテン文字 Yuri ZHIRKOV
ロシア語 Ю́рий Валенти́нович Жирко́в
基本情報
国籍 ロシアの旗 ロシア
生年月日 (1983-08-20) 1983年8月20日(40歳)
出身地 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦 タンボフ
身長 180cm
体重 76kg
選手情報
ポジション DF (SB) / MF
利き足 左足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2003 ロシアの旗 スパルタク・タンボフ 57 (26)
2004-2009 ロシアの旗 CSKAモスクワ 139 (15)
2009-2011 イングランドの旗 チェルシー 29 (1)
2011-2013 ロシアの旗 アンジ・マハチカラ 46 (1)
2013-2016 ロシアの旗 ディナモ・モスクワ 54 (4)
2016-2021 ロシアの旗 ゼニト 95 (4)
2022 ロシアの旗 ヒムキ 3 (0)
代表歴
2005-2021 ロシアの旗 ロシア 105 (2)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

経歴

CSKAモスクワ時代のジルコフ

ジルコフは、工場で働く父のヴァレンティンと郵便局員の母との間にジルコフ家の2番目の子供として生まれた。

2001年、スパルタク・タンボフでプロデビューを飾り、74試合・26得点の記録を残し、2004年に強豪PFC CSKAモスクワへと移籍。加入初年度からレギュラーとして活躍し、UEFAカップではチームの初優勝に貢献した。2005年にはA代表デビューも飾る。

UEFAチャンピオンズリーグ 2006-07ハンブルガーSV戦(2006年12月6日)でのジルコフのゴールが、UEFAオフィシャルマガジン選出のベストゴールに輝いた。

EURO2008ではロシア代表の左SBのレギュラーとして活躍し、チームのベスト4進出に貢献。UEFA選定大会優秀選手に選ばれた。元々はサイドハーフとして活躍していたが代表では不動の左SBとして君臨している。2008年10月、アンドレイ・アルシャヴィンとともに同年度のバロンドール受賞対象者30人にノミネートされた。

2009年7月6日、イングランドの強豪チェルシーFCへ移籍金1800万ポンド(2100万ユーロ)で移籍した。チェルシーの一員としてのデビュー戦となる親善試合ACミラン戦では決勝ゴールを決めるなど、衝撃的なデビュー戦となった。その後、膝の怪我で戦列を離れていたが、同年9月23日クイーンズ・パーク・レンジャーズFC戦(カーリングカップ)で国内の公式戦のデビューを果たした。

しかしチェルシーでは思うような結果が残せず、2011年8月にFCアンジ・マハチカラに4年契約で移籍をした。

2013年8月、アンジの財政縮小の影響を受け、チームメイトのイゴール・デニソフアレクサンドル・ココリンと共にFCディナモ・モスクワに移籍した[1]

2018FIFAワールドカップロシア大会を最後に代表からの引退を表明したが、翌年3月に再びEURO2020予選のメンバーに召集された。

2021年、UEFA EURO 2020を戦うメンバー26人に選出された。

人物

ロシア代表でプレーするジルコフ
  • 家族構成は両親と姉と弟が2人。一番下の弟は、PFC CSKAモスクワのリザーブチームに所属していたMFニコライ・ジルコフNikolai ZHIRKOV1988年7月3日 - )。
  • 2008年2月に、モデルのインナと結婚した。同年9月には息子のドミトリが誕生した。
  • 2008年12月にタンボフ州立大学を卒業。
  • 趣味はテレビゲーム、音楽鑑賞、映画鑑賞。最近は第二次世界大戦関連のグッズを集めることがマイブームである。将来的には自身の集めたグッズを示した博物館を開設することを考えている。
  • 少年時代はブラックバーン・ローヴァーズFCのファンだった。
  • 過去に自動車事故を2度起こしたことがある。1回目は2005年1月にジルコフの地元タンボフ市内の高速道路で事故を起こした。2回目は2008年12月18日にカリーニングラード市内で事故を起こした。いずれも、エアバッグが起動したおかげで、ジルコフ自身に怪我はなかった。
  • チェルシーFCへ移籍する3年前にはロマン・アブラモヴィッチ・オーナーから「英語の勉強をしておきなさい」と助言をされていたが、その意味に気づかず今になって「助言に耳を傾けるべきだった」と後悔していると話している。現在は、ロシア語を話せるペトル・チェフイヴァノヴィッチ等のサポートにより徐々に学習してきてる模様。
  • PFC CSKAモスクワからチェルシーFCに移籍した際、もっとも驚いたのがトレーニング施設の違いであり、「ここは何もかもが素晴らしく全てがスーパーだ」と話している。

個人成績

チェルシーでプレーするジルコフ
クラブ シーズン リーグ カップ 欧州カップ戦 スーパーカップ 合計
試合得点試合得点試合得点試合得点試合得点
PFC CSKAモスクワ 2004 2562010010386
2005 2026113100394
2006 271618111424
2007 292518010433
2008 283206100364
2009 101313110173
通算 139152444844121524
チェルシーFC 2009-10 170504000260
2010-11 120207100211
通算 2908011100481
FCアンジ・マハチカラ 2011-12 231100000241
2012-13 1000300040
通算 241103000281
総通算 192163346254129126

獲得タイトル

クラブ

脚注

  1. UEFA.com (2013年8月16日). ディナモ・モスクワがロシア代表3人を獲得”. 2013年8月17日閲覧。

外部リンク

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