ヨハン (ブランデンブルク=クルムバッハ辺境伯)

生涯

父フリードリヒ1世存命中に、ブランデンブルク統治を任されたが、錬金術に熱中し政治的に無能であったため、フリードリヒ1世は失望し、自らの死に際しブランデンブルク選帝侯位は次男のフリードリヒ2世に継承させ、ヨハンはクルムバッハ辺境伯領を継承した[1]。ヨハンは宮廷をクルムバッハのプラッセンブルクに置いた。正嫡の息子がいなかったため、1457年に退位した後の辺境伯位は弟のアルブレヒト・アヒレスが継承した。

子供

ザクセン選帝侯ルドルフ3世の娘バルバラと結婚した。彼らの子供は以下の通り。

他に庶子のフリッツ・フォン・ブランデンブルクがいる。

脚注

  1. 岡地、付録p. 64

参考文献

  • 岡地稔 『あだ名で読む中世史』 八坂書房、2018年
  • M. Spindler, A. Kraus: Geschichte Frankens bis zum Ausgang des 18. Jahrhunderts, München 1997. ISBN 3-406-39451-5

外部リンク

先代
フリードリヒ1世
ブランデンブルク=
クルムバッハ辺境伯
1440年 - 1457年
次代
アルブレヒト・アヒレス
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