リサ=マリー・アレン
経歴
1975-1976年シーズンのネーベルホルン杯で優勝。1977-1978年シーズンの全米選手権では、リンダ・フラチアニに次ぐ2位となり、世界選手権代表に初選出された。初出場の1978年世界選手権では7位に終わる。
1979-1980年シーズン、全米選手権で2位となり地元アメリカ開催のレークプラシッドオリンピック代表に選出され、リンダ・フラチアニ、サンディー・レンツとともに女子シングル代表として出場。コンパルソリーフィギュアで8位と出遅れ、ショートプログラム3位、フリースケーティングでは4位と巻き返したものの総合5位に終わりメダル獲得はならなかった。
引退後、プロに転向。1990年にはプロフィギュアスケート世界選手権で優勝している。現在は結婚し、ロサンゼルスでフィギュアスケートコーチとして活動している一方、振付師としても活動しており、2002年ソルトレイクシティーオリンピック閉会式と映画『俺たちフィギュアスケーター』に振り付け助手として関わった[1]。
関連項目
外部リンク
- Where Are They Now?
- リサ=マリー・アレン - Olympedia(英語)
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