ルイジ・ディ・ビアジョ

ルイジ・ディ・ビアジョLuigi Di Biagio1971年6月3日- )は、イタリアローマ出身の元同国代表サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはMF(DH)。

ルイジ・ディ・ビアジョ
2013年のディ・ビアジョ
名前
ラテン文字 Luigi Di Biagio
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1971-06-03) 1971年6月3日(52歳)
出身地 ローマ
身長 175cm
体重 74kg
選手情報
ポジション MF (DH)
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1988-1989 イタリアの旗 ラツィオ 1 (0)
1989-1992 イタリアの旗 モンツァ 62 (7)
1992-1995 イタリアの旗 フォッジャ 87 (12)
1995-1999 イタリアの旗 ローマ 114 (16)
1999-2003 イタリアの旗 インテル 117 (13)
2003-2006 イタリアの旗 ブレシア 93 (16)
2007 イタリアの旗 アスコリ 8 (2)
通算 482 (66)
代表歴
1998-2002 イタリアの旗 イタリア 31 (2)
監督歴
2011-2013 イタリアの旗 イタリア U-20
2013-2019 イタリアの旗 イタリア U-21
2018 イタリアの旗 イタリア (暫定)
2020 イタリアの旗 SPAL
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

選手経歴

子供の頃はバスケットボールをしていて、ポイントガードのポジションを務めていた[1]。一方でサッカーは上手くなかったという[1]。その後、ラツィオのユースチームへの入団を経て、1988-89シーズン、1989年6月11日にユヴェントス戦でプロデビューを果たした[1]。しかし、出場したのはその1試合のみで、シーズン終了後にチームから放出された[1]

1992-93シーズン、フォッジャへ移籍、ここで監督を務めていた、ズデネク・ゼーマンとの出会いは、サッカー選手としての成長を促しただけでなく、人生を変える程のものであったという[1]。主力として3シーズンを過ごしたが、1994-95シーズン終了後、チームのセリエB降格に伴い、1995-96シーズンにASローマに移籍した[1]。この時、ラツィオの監督にゼーマンが就任することとなったため、ラツィオが獲得に動いたものの、ローマへの移籍を選択した[1]。このシーズン、ほぼレギュラーを獲得し、リーグ戦30試合に出場、リーグ最終節のインテルで決勝点となってPKを決めて勝利し、チームは来期のUEFAカップ出場権を獲得した[1]。1997-98シーズン、リーグ30節のカルチョ戦では、初めて2ゴールを決め、第32節のACミラン戦でも2ゴールと、好調なシーズンを送り、イタリア代表にもデビューした[1]。1998-99シーズン終了後、ファビオ・カペッロが来期から監督に就任することが決まるとチームを離れることとなった[1]

1999-00シーズンからの4シーズン、インテルでプレーした。インテルではチャンピオンズリーグで準決勝に、コッパ・イタリアでは決勝に進出したこともあったが、タイトルを取ることは出来なかった[1]エクトル・ラウル・クーペル監督との揉め事があった後、クーペルからは、来期に向けてのトレーニングキャンプにも来ない様に言われるなど、戦力外であることを告げられ、チームを離れた[1]。2003-04シーズンからの2シーズン半、ブレシアでプレーし、最後の半期はセリエAのアスコリで過ごし、35際で現役を引退した[1]

代表経歴

イタリア代表として1998年1月28日のスロバキア戦(カターニャ)で代表デビューを飾った[1]。そのまま同年のワールドカップ・フランス大会ではレギュラー起用され、グループリーグのカメルーン戦で1得点[1]、決勝トーナメント1回戦のノルウェー戦では、クリスチャン・ヴィエリの同点ゴールをアシストした[1]。しかし、準々決勝のフランス戦での延長PK戦でシュートをバーに当ててしまい敗北、イタリアはベスト4入りを逃した[2]

2000年のEURO2000では、グループリーグのスウェーデン戦で1得点を決めた[1]。準決勝のオランダ戦のPK戦では1人目のPKキッカーとしてPKを成功させ、チームは決勝に進出した[1]。決勝のフランス戦でも先発し、66分までプレーしたが、交代後にチームは逆転を許し、準優勝に終わった。

2002年、ワールドカップ・日韓大会では、グループリーグ初戦のエクアドル戦で先発、ヴィエリのゴールをアシストしたが、以降の試合には起用されなかった[1]。代表としてAマッチ31試合に出場し2得点を記録した[1]

指導者経歴

2018年2月5日、2018 FIFAワールドカップ・欧州予選で敗退し出場権を逃したジャンピエロ・ヴェントゥーラの後任としてイタリア代表の暫定監督に就任[3]。イタリア代表監督としてアルゼンチン及びイングランドとの親善試合を率い、2018年5月15日にロベルト・マンチーニが監督に就任したことに伴いU-21イタリア代表の監督へ復帰した。

2020年2月10日、S.P.A.L.とシーズン終了までの契約を結び監督に就任。代表監督のみでクラブを率いた経験のない監督がセリエAのクラブの監督を務めるのは史上初となった[4]。8月2日、相互同意のもと契約を解除した。

監督成績

2020年8月2日現在
クラブ 就任 退任 記録
勝率
イタリア代表 2018年2月5日 2018年5月14日 2 0 1 1 000.00
S.P.A.L. 2020年2月10日 2020年8月2日 15 1 2 12 006.67
合計 17 1 3 13 005.88

脚注

  1. Gigi Di Biagio, il mediano di Zeman: un ruolo da protagonista con Roma e Inter e i due rigori con l'Italia”. GOAL (2023年1月3日). 2023年8月22日閲覧。
  2. PENALTY KICK IS FRANCE'S GAIN, ITALY'S LOSS”. WASHINGTON POST. 2023年6月10日閲覧。
  3. W杯出場逃したイタリア、ディ・ビアージョ氏が暫定監督に…3月の2試合指揮へ”. サッカーキング (2018年2月5日). 2021年4月30日閲覧。
  4. セリエA最下位のSPAL、前アッズリーニ指揮官のディ・ビアージョ氏を新指揮官に招へい”. 超ワールドサッカー (2020年2月10日). 2021年4月30日閲覧。

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.