ロベルト・アクーニャ
ロベルト・ミゲル・アクーニャ・カベージョ(Roberto Miguel Acuña Cabello, 1972年3月25日 - )は、アルゼンチン・ブエノスアイレス州アベジャネーダ出身の元サッカー選手。元パラグアイ代表。現役時代のポジションはMF。
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| 名前 | ||||||
| 本名 |
ロベルト・ミゲル・アクーニャ・カベージョ Roberto Miguel Acuña Cabello | |||||
| 愛称 | トロ | |||||
| ラテン文字 | Roberto ACUÑA | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1972年5月25日(51歳) | |||||
| 出身地 |
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| 身長 | 175cm | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF (CH) | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1989-1993 |
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| 1993-1994 |
| 33 | (4) | |||
| 1994-1995 |
| 31 | (3) | |||
| 1995-1997 |
| 65 | (3) | |||
| 1997-2002 |
| 153 | (20) | |||
| 2002-2006 |
| 14 | (0) | |||
| 2003-2004 |
→ | 26 | (2) | |||
| 2004 |
→ | 4 | (0) | |||
| 2007 |
| 4 | (0) | |||
| 2007 |
| 16 | (3) | |||
| 2009-2012 |
| 97 | (15) | |||
| 2013-2014 |
| 8 | (1) | |||
| 2015 |
| 11 | (2) | |||
| 2016-2017 |
| 23 | (0) | |||
| 通算 | 485 | (53) | ||||
| 代表歴 | ||||||
| 1993-2011 |
| 100 | (5) | |||
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経歴
クラブ
幼少時代にアルゼンチンからパラグアイに移住した。1989年にクラブ・ナシオナルでデビューすると、その後、アクーニャは4シーズンの間アルゼンチンのAAアルヘンティノス・ジュニアーズ、ボカ・ジュニアーズ、CAインデペンディエンテでプレーした。1997年に欧州に渡り、スペインのレアル・サラゴサと契約した。ルイス・アラゴネス監督の下、2001年にコパ・デル・レイを制覇した。リーグ戦だけで5シーズンで20得点を記録した。2001年にはパラグアイ最優秀選手賞を受賞した。リーガ・エスパニョーラでプレーする南米最優秀選手にも選ばれた。
レアル・サラゴサでの活躍によりデポルティーボ・ラ・コルーニャが関心を示し、2002年7月10日に1100万ユーロの5年契約で移籍した[1]。レアル・サラゴサ時代の5試合のサスペンションが残っていた。しかしデポルティーボでは1シーズンに7試合出場したのが最多だった。怪我に悩まされ、2003-04シーズンはエルチェCFに、2004年にはアラブ首長国連邦のアル・アインFCにレンタル移籍した。2007年、オリンピア・アスンシオンでプレーした後に現役引退を表明したが、2009年にクラブ・ルビオ・ニュで現役復帰を果たした。
代表
プロデビューから5年後には、パラグアイ市民権を取得してパラグアイ代表でプレーすることを決意した。ディフェンダーのカルロス・ガマーラと同じように、3度のFIFAワールドカップに出場した。パラグアイ代表としては1998年から3大会連続でFIFAワールドカップ出場し、通算で97試合の代表戦に出場した[2]。これはカルロス・ガマーラに次ぐ歴代2位の記録である。2002年の日韓ワールドカップベスト16のドイツ戦ではロスタイムにミヒャエル・バラックに肘打ちした。
脚注
- uefa.com (2002年7月10日). “Deportivo swoop for Acuña”. 2009年8月17日閲覧。
- RSSSF Paraguay - Record International Players
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