上野知子
上野 知子(うえの ともこ、1959年10月11日[2] - )は、南日本放送のアナウンサー、同局アナウンス部専任部長。
うえの ともこ 上野 知子 | |
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| プロフィール | |
| 出身地 |
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| 生年月日 | 1959年10月11日(64歳) |
| 血液型 | AB型 |
| 最終学歴 | 東京女子大学卒業(高校は鹿児島県立鹿児島中央高等学校) |
| 勤務局 | 南日本放送 |
| 活動期間 | 1982年[1] - |
| 公式サイト | 南日本放送 |
| 出演番組・活動 | |
| 出演中 | 城山スズメ(木曜日) |
人物
- 趣味は、『手作り』物全般。
- 『ポジティブシンキング』と言われる。
- 愛称(ニックネーム)は、入社当初より「ともちゃん」
白血病による降板
- 20年以上MBCアナウンサーとして活動してきたが、2006年1月に「急性骨髄性白血病」と診断され長年担当したラジオ番組「城山スズメ」を降板。その後、末梢血幹細胞の移植を受け一命は取り留めたが、療養のために長く休職した。そして2009年には現場復帰し、2010年より本格的に活動を再開。
- 降板時はMBCから病気について公にされなかったが、重病説はこの時点で既に囁かれていた。しかし、3月末に後輩の豊田瑠衣がフリー転身、谷口智子が契約満了に伴い退社。5月には同期の采野吉洋も脳出血で突如降板[3]と、半年にアナウンサーが4人も現場を去る異常事態に見舞われた。MBCでは2000年代にアナウンサーが次々と退社・異動した事もあり、視聴者の間では社内の確執を疑う声も多々見られた。だが2009年の現場復帰後は再び重病説が有力視され、2010年の「城山スズメ」復帰時に本人がブログ「ana the world」にて正式に白血病だったことを公表した[4]。
- 上野が休職した3年間は竹下裕理が東京のCMAから派遣され、事実上代理となった。また上記の様な事態もあり、2006年は4名[5]がアナウンス部へ採用された。なお竹下は上野と入れ替わりに退社し、地元の群馬へ戻っている。
過去の担当番組
- MCサウンドスカッシュ[2]
- 風の島唄
- 城山スズメ(-2006.1、2010年度の木曜)
- MBCラジオ こどもステージ
- Wake up! かごしま(月曜)
- 日曜ワイド桂竹丸・知子のみなみなサンデー(1999.4-)
- ゆうぐれエクスプレス
脚注
- 同期に采野吉洋(現・アナウンス部長)。
- 『DJ名鑑 1987』三才ブックス、1987年2月15日、292頁。NDLJP:12276264/147。
- 当初は未公表であったが、8月に公表され、年末に職場復帰した。
- 「ともこのdiary」より
- 吉田智大、末永安佳梨、竹内梢、豊平有香(報道部より)
外部リンク
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