中尾神社 (さいたま市)
歴史
創建年代は不明である。ただ江戸時代後期の地誌『新編武蔵風土記稿』に、「玉林院」の境内社「鹿島明神社」として掲載されている[1]ことから、少なくとも江戸時代後期には既に存在していたものと推測される。
玉林院は790年(延暦9年)に開山された[2]修験道本山派の寺院であったが、明治初期の神仏分離により、廃寺に追い込まれた[3]。
玉林院から離れた当社は「鹿島社」と称し、1873年(明治6年)、近代社格制度に基づく「村社」に列せられた。1908年(明治41年)の神社合祀により、周辺の10社が合祀された。その際に、地名から「中尾神社」に改称した。ただこの合祀は書類上のもので、現在もこれらの各社は残っている[3]。
脚注
- 新編武蔵風土記稿 中尾村 鹿島明神社.
- 新編武蔵風土記稿 中尾村 玉林院.
- 埼玉県神社庁神社調査団 編『埼玉の神社 北足立・児玉・南埼玉』埼玉県神社庁、1998年、142-143p
参考文献
関連項目
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