中山寿彦
経歴
兵庫県出身。1908年、東京帝国大学医科大学を卒業。1920年、東京府豊多摩病院長に就任。以後、東京府医師会長、同医師会附属下谷病院長、東京市理事、日本医療団東京支部事務局長、母子愛育会理事、公衆衛生院顧問、医師国家試験審議会委員などを歴任。
1946年に日本医師会会長に就任し、戦後の新体制を準備していたが、GHQから戦争協力者に対する公職追放を医師会役員にも適用するという通告を受けて会長職を辞任した。
1946年7月、貴族院勅選議員に選出され同成会に属し、1947年5月の貴族院廃止まで在任。1947年4月、第1回参議院議員通常選挙の全国区に出馬し初当選(任期3年)。その後、第2回 (任期3年)、第3回参議院議員通常選挙でも再選された。1957年11月26日、急性肺炎のため現職のまま死去、77歳[2]。死没日をもって勲二等瑞宝章追贈、従四位に叙される[1]。
参議院議員として、同院運輸委員会、社会保障制度審議会副会長、鉄道建設審議会委員などを務め、所属政党では、自由党総務、同顧問などを歴任。また、1952年4月、第3次吉田第3次改造内閣の国務大臣として入閣した。
脚注
- 『官報』第9283号601頁 昭和32年11月30日号
- 第28回国会 参議院 本会議 第1号 昭和32年12月20日
参考文献
- 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』1990年。
- 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』日外アソシエーツ、2003年。 ISBN 9784816918056。
| 公職 | ||
|---|---|---|
| 先代 |
1952年 |
次代 |
| 議会 | ||
| 先代 板谷順助 |
1949年 - 1950年 |
次代 佐々木鹿蔵 |
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