久久比神社

久久比神社(くくひじんじゃ)、兵庫県豊岡市下宮にある神社である。式内小社で、旧社格は村社。

久久比神社

拝殿
地図
所在地 兵庫県豊岡市下宮318番地2
位置 北緯35度33分26.3秒 東経134度50分36.9秒
主祭神 久久能智神
社格 式内社(小)
村社
創建 不詳
本殿の様式 三間社流造
例祭 10月15日
地図
久久比神社の位置(兵庫県内)
久久比神社
久久比神社
久久比神社の位置(日本内)
久久比神社
久久比神社
本殿(重要文化財)

祭神

歴史

本殿は三間社流造、こけら葺き。室町時代永正4年(1507年)の建立で、国の重要文化財に指定されている。江戸時代の記録では胸形(宗像)大明神とも称した古社で、多紀理比売命を祀るという説もある。

文化財

重要文化財(国指定)

  • 本殿 -三間社流造、こけら葺き。室町時代、永正4年(1507年)の建立。

コウノトリ伝説

日本書紀によれば垂仁天皇の御宇二十三年冬十月朔(ついたち)、天皇が誉津別皇子(ほむつわけのおうじ)をともない大殿の前に立ち給う時、(くぐい;コウノトリの古称)が大空を鳴き渡った。 その時、皇子が「これは何物ぞ」とお問いになったので、天皇は大いに喜び給い左右の臣に「誰か能くこの鳥を捕らえて献らむ」と詔せられた。 天湯河板挙(あめのゆかわのたな)が「臣、必ず捕らえて献らむ」と奏し、この大鳥が飛び行く国々を追って廻り、出雲国で捕らえたといい、あるいは但馬国で捕らえたともいう。 十一月朔、天湯河板挙はめでたくこの鵠を献上したのである。時に皇子は三十歳であったが、いまだ物言い給わず、あたかも児の泣くが如き声のみで、この日初めて人並みの言葉を発せられたのである。 これほどに鵠は霊鳥なのでその棲家の地を久久比(くくひ)と呼びなし、その後この地に宮を建て、木の神「久久能智神」(くくのちのかみ)を奉斎した。 これが久久比神社(くくひじんじゃ)の始まりであった。 さりながら、その頃豊岡盆地は「黄沼前海」(きめさきのうみ)と称して、まったくの入海、下宮の地はその入江の汀であった。 又そのあたりは樹木繁茂し、木霊のこもろう処、神自ら鎮まり座す景勝の地であった。 われらの先人が、この自然の神秘と霊妙を感得して、木の神「久久能智神」を奉斎し、木の御神徳の宏大に帰依したのも宜なる哉である。

御守り

コウノトリをデザインした御守り(赤・緑・紫)が、子宝、安産祈願の御守りとして有名である(コウノトリが子宝を運んでくるという言い伝えから)。休耕期(主に9月 - 5月)になると、隣接する湿地にコウノトリが飛来する。

交通

脚注

注釈

    出典

      外部リンク

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