九鬼隆昌
生涯
正保4年(1647年)、初代藩主九鬼久隆の長男として三田で生まれる。幼名は孫次郎。慶安2年(1649年)、父の死去により跡を継ぐ。江戸城本丸普請の手伝い、朝鮮通信使の接待役、火消し役、京極高国改易後の宮津城在番などを務めた。藩政においても家臣の新規召抱えなどの藩政整備を行なったが、寛文9年(1669年)に23歳で死去した。跡を婿養子の隆律が継いだ。法号は清涼院。墓所は兵庫県三田市西山の心月院。
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