二宮浩

二宮 浩(にのみや ひろし、1969年4月11日 - )は、熊本県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。選手時代のポジションはフォワード(FW)

二宮 浩
名前
カタカナ ニノミヤ ヒロシ
ラテン文字 NINOMIYA Hiroshi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1969-04-11) 1969年4月11日(55歳)
出身地 熊本県
身長 176cm
体重 71kg
選手情報
ポジション FW
監督歴
チーム
1999 水戸ホーリーホック
2001 柏レイソル青梅 Y
2002-2007 レイソルSS青梅 JY
2011-2012 FC東京U-15むさし
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

来歴

小学校3年生の時にサッカーを始める[1]1985年に進学した国見高校では同期の立石敬之塚本明正村田一弘中尾幸太郎吉田裕幸と共に2年次に高校選手権準優勝、3年次に優勝を経験。

筑波大学を経て、1992年浦和レッドダイヤモンズに入団。Jリーグ開幕年である1993年には故障者が相次いだため出場機会を掴み17試合に出場したが、高校時代に見せた突破力溢れるドリブルからのチャンスメークは影を潜め、Jリーグの屈強なDF相手に苦戦した。

1995年関東リーグ・プリマハムFC土浦(後の水戸ホーリーホック)へと移籍。1997年に水戸で現役を引退後、同チームのコーチに就任し指導者のキャリアをスタート。1999年には水戸で監督に昇格し、旧JFLで3位の成績を残し、チームをJ2に導いた[2]。二宮は指導者S級ライセンスを所持していなかったためにJリーグでの監督資格は無く、翌2000年からのJリーグ加盟に伴いコーチに再任した。

2001年から柏レイソル青梅(現 AZ'86東京青梅)でユース年代の指導も経験し、2008年にはJ1FC東京のトップチームコーチに就任[3]城福浩監督の下、自身初となる国内トップリーグでの指導に当たる事になった。2009年からはFC東京の下部組織となるU-15むさしのコーチを務め、2011年からは同チームの監督に就任[4]

所属クラブ

ユース経歴
プロ経歴

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1993浦和-J1704010220
199400000000
1995土浦関東-
1996-
1997水戸9旧JFL174-
通算日本J 1704010220
日本旧JFL 174-
日本関東 -
総通算 40

指導歴

  • 1998年 - 2000年:水戸ホーリーホック
    • 1998年:コーチ
    • 1999年:監督
    • 2000年:ヘッドコーチ
  • 2001年 - 2007年:柏レイソル青梅 / レイソルSS青梅
    • 2001年:ユース 監督
    • 2002 - 2007年:ジュニアユース 監督
  • 2008年 - 2012年:FC東京
    • 2008年 トップチーム コーチ
    • 2009年 - 2010年:U-15むさし コーチ
    • 2011年 - 2012年:U-15むさし 監督
  • 2013年[1] - 2020年ルーヴェン高崎FC ヘッドコーチ
  • 2021年 - 2022年:Raffle瑞穂FC
    • 2021年: アドバイザー[6]
    • 2022年: 監督[7]
  • 2023年 - AZ'86東京青梅
    • 2023年:コーチ[8]

脚注

  1. ヘッドコーチ 二宮 浩”. 2013年12月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月22日閲覧。 ルーヴェン高崎FC
  2. J.LEAGUE NEWS No.60”. 2004年3月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月22日閲覧。 Jリーグ (2000年1月15日)
  3. トップチームスタッフ 新任のお知らせ”. 2008年10月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年3月9日閲覧。 FC東京 (2008年1月20日)
  4. FC東京育成部(U-18・U-15)スタッフ決定のお知らせ FC東京 (2011年1月23日)
  5. 『J.Leagueオフィシャルガイド 1994』小学館、1994年、40頁。
  6. Raffle瑞穂FC 新アドバイザー就任のお知らせ2021年8月16日 Raffle瑞穂FC
  7. Raffle瑞穂FC監督に就任した二宮氏について 2022年1月11日 Raffle瑞穂FC
  8. スタッフ紹介2023年2月6日 アーゼット'86 東京青梅オフシャルサイト

関連項目

外部リンク

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