二本松政国
二本松 政国(にほんまつ まさくに)/畠山 政国(はたけやま まさくに)は、室町時代から戦国時代の武将、二本松氏第4代当主。陸奥国安達郡二本松城主。
凡例 二本松 政国 | |
|---|---|
| 時代 | 室町時代から戦国時代 |
| 生誕 | 不明 |
| 死没 | 明応3年1月18日(1494年2月23日) |
| 別名 | 政泰 |
| 戒名 | 良勝 |
| 官位 | 修理大夫 |
| 氏族 | 二本松氏 |
| 父母 | 父:二本松持重 |
| 子 | 村国、新城村尚、仏天、石橋泰義 |
生涯
二本松氏第3代当主・二本松持重の嫡男。この時期の二本松氏の系譜については諸説有る。
元服に際して、8代将軍・足利義政の偏諱を受けて政国と名乗る。
文明2年(1470年)に父・持泰の死去にともない家督を相続したが、持重の兄・満盛(みつもり)[1]の子である高倉政泰(まさやす)が家督を主張して政国と争ったほか[2]、他の庶流家の本宮氏らも宗家に対し不服従の姿勢を見せるなどしたため、政国の代までには、二本松氏の勢力は相当に失われていたものと見られる。
参考文献
- 『二本松市史』(福島県二本松市)
- 第1巻 通史編1(原始・古代・中世)1999
- 第3巻 資料編1(原始・古代・中世)1981
脚注
- 『積達館基考』では、満盛は生前に父・満泰から家督を譲られて当主になっていたとしている。
- 政国の別名として政泰の名が見えることから、高倉政泰と二本松政国は実は同一人物で持重から家督を継いだ可能性も指摘されている
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