五明樓玉の輔
五明樓 玉の輔(ごめいろう たまのすけ)は、落語家の名前。過去に五代まで続いている五明楼玉輔の名跡がある。
Gomeirô Tamanosuke | |
![]() 中陰光琳蔦(画像は中陰蔦)は、林家彦六一門の定紋である。 | |
| 本名 | |
|---|---|
| 生年月日 | 1966年1月4日(58歳) |
| 出身地 | |
| 師匠 | 春風亭小朝 |
| 名跡 | 1. 春風亭あさ市 (1985年 - 1998年) 2. 五明樓玉の輔 (1998年 - ) |
| 出囃子 | お猿のかごや |
| 活動期間 | 1985年 - |
| 配偶者 | 離婚歴あり |
| 家族 | 一女あり |
| 所属 | 落語協会 |
| 公式サイト | 噺家の手ぬぐい |
| 受賞歴 | |
| 平成12年 国立劇場花形若手演芸会 銀賞 平成16年 彩の国落語大賞 技能賞 | |
| 備考 | |
| 落語協会理事(2010年 - ) | |
五明樓 玉の輔(ごめいろう たまのすけ、1966年1月4日 - )は、神奈川県横浜市出身の落語家。落語協会理事。本名:鈴木 隆司。出囃子は『お猿のかごや』。
経歴
明治大学付属中野高等学校卒業。
1985年4月、春風亭小朝に入門。9月に 前座となり、前座名「あさ市」を名乗る。1989年5月、二ツ目昇進。
1998年9月に入船亭扇好、三遊亭金時、十一代目柳家小きんと共に真打昇進して「五明樓玉の輔」と改名。2000年、国立劇場花形若手演芸会で銀賞を受賞。2004年には彩の国落語大賞で技能賞を受賞した。
人物
出演番組
テレビ
- 平成名物TVヨタロー(1990年 - 1991年・TBS)
- BS笑点(2003年10月 - 2007年2月・BS日テレ 土曜19:00 - 19:55)→笑点Jr.(2007年4月 - 2011年3月・日テレプラス 日曜15:00~16:00) -大喜利に出演。
- ものまねバトル(日本テレビ)-TOKIOのメンバー松岡昌宏の真似をしている。
- ふるさと愉快亭 小朝が参りました(NHK総合) あさ市時代にレギュラー出演。
- 爆笑オンエアバトル(NHK総合)戦績0勝1敗 最高281KB
- 美の壺(NHK教育)「手ぬぐい」の回にゲスト出演。手ぬぐいコレクターとして、数々の蔵品・蘊蓄を披露した。
- ペケ×ポン(フジテレビ)「ペケポンなぞかけ」コーナーにVTR出演。
五明樓玉の助
| 本名 | 原 正治 |
|---|---|
| 生年月日 | 1905年4月13日 |
| 没年月日 | 1978年12月5日(73歳没) |
| 出身地 | |
| 師匠 | 4代目五明樓玉輔 柳家金語樓 |
| 名跡 | 1. 五明樓小玉(1917年 - 1921年) 2. 五明樓玉の助(1921年 - 1927年) 3. 柳家金之助(1927年 - ?) 4. 柳家春朗(? - 1935年) 5. 五明樓玉の助(1935年 - ?) |
| 活動期間 | 1917年 - ? |
| 家族 | 4代目五明樓玉輔(父) |
五明樓 玉の助(ごめいろう たまのすけ、1905年4月13日 - 1978年12月5日)本名は原正治。父は4代目五明樓玉輔。12、3歳の時から父の元で小玉を名乗って修行していた。1921年ころ?に玉の助と改名、色物の巴家おもちゃに手解きを受け紙切りの修行をしていたがあまり成果出ず、1927年3月柳家金語樓の門下で金之助、春朗、1935年ころ?に玉の助(玉之輔)に復した。大戦中に廃業し淀橋で洋食店を営んでいた。
参考文献
- 諸芸懇話会、大阪芸能懇話会共編『古今東西落語家事典』平凡社、ISBN 458212612X
- 古今東西噺家紳士録
外部リンク
- 五明樓玉の輔 - 落語協会
- 噺家の手ぬぐい
- 五明樓玉の輔 (@5tamanosuke) - X(旧Twitter)
- 噺家の手ぬぐい (hanashikanotenugui) - Facebook
- 五明樓玉の輔【噺家の手ぬぐいチャンネル】 - YouTubeチャンネル
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.
