仏像構造線
仏像構造線(ぶつぞうこうぞうせん、Butsuzo Tectonic Line)は、日本の南西部において北東から南西の方向に連なる断層である。1931年、小林貞一が高知県高岡郡戸波村(現 土佐市西部)にある地名「仏像(仏像地区の位置/地図)」にちなんで仏像-糸川構造線と命名し、後に仏像線あるいは仏像構造線と呼ばれるようになった。地質学においてはしばしばBTLと略記される。

■ おおよその構造線の位置
概要
北側の古い地層である秩父帯または三宝山帯と、南側の新しい地層である四万十層群北帯との境界をなしており、犬吠埼付近に始まり中央構造線の南側に沿うようにして南西日本を縦断し南西諸島にまで続いている。白亜紀後期から古第三紀の間に活動した逆断層であり、秩父帯または三宝山帯が四万十帯の上に乗り上げるような構造となっている。断層の変位は最大で100キロメートルにもなる[1]。
詳細
九州
九州においては橋本勇によって大阪間構造線あるいは牛ノ浜構造線と名付けられた断層が仏像構造線の延長に相当する。佐伯湾北部から九州山地に入り、番匠川に沿って南西へ進み傾山と大崩山の間を通り、日之影町と高千穂町の境界付近で五ヶ瀬川を横切る。石楠花越、仰烏帽子山を越えて球泉洞付近で球磨川を横切り、米ノ津付近で八代海をかすめる。出水平野西部を横切り出水山地の西縁をなぞるようにして南方向に屈曲する。この屈曲構造は「北薩の屈曲」と呼ばれており、日本海と沖縄トラフの拡大によって構造線が折り曲げられたことを示している。川内平野を横切り吹上浜北部から海を越え野間岬の先端部をわずかにかすめ東シナ海に抜ける[2]。
外部リンク
脚注
- 木村敏雄ほか 『日本の地質』 東京大学出版会、1993年、ISBN 4-13-060703-0
- 松本達郎ほか 『日本地方地質誌 九州地方』 朝倉書店、1973年
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