伊木忠識
生涯
忠識は7代当主・伊木忠知の四男として岡山城下で生まれた。伊木修理知充と名乗り分家の家督を継ぎ、池田家家臣となっていた。
文化4年(1807年)7月、甥である9代忠真が嗣子を得られないまま27歳で没したため、急遽58歳で本家の家督を相続した。家老職に就いて6か月後の文化5年(1808年)1月、59歳で没した。
参考文献
- 『茶人伊木三猿斎』 桂又三郎/著 奥山書店、1976年
- 『備前藩筆頭家老伊木氏と虫明』 邑久町郷土史クラブ/編 1996年
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