伊藤直人 (競馬)

伊藤 直人(いとう なおと、1974年8月26日 - )は、日本中央競馬会美浦トレーニングセンター粕谷昌央厩舎2012年1月1日 - )に所属する元騎手調教助手。騎手免許は平地競走障害競走両方の免許を所持していた。高知競馬場所属の騎手・山頭信義は甥。

伊藤直人
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 千葉県[1]船橋市[2]
生年月日 (1974-08-26) 1974年8月26日(49歳)[1]
身長 167cm[1]
体重 50kg[1]
血液型 O型[1]
騎手情報
所属厩舎 粕谷昌央(美浦)[1]
初免許年 1993年[1]3月1日
免許区分 平地・障害
騎手引退日 2012年2月29日
重賞勝利 6勝[2]
経歴
所属 小林常泰 1993.3.1 - 2007.11.30
斎藤誠 2007.12.1 - 2011.12.31
粕谷昌央 2012.1.1 - 2012.2.29
粕谷昌央/調教助手 2012.3.1 -

来歴

1993年3月JRA競馬学校騎手課程第9期生小林常泰厩舎所属騎手としてデビュー。同期には飯田祐史小林徹弥[2]の他、後に競馬学校世代で史上初の学士騎手となった川合達彦などがいる。

1999年札幌3歳ステークスでマイネルコンドルに騎乗し重賞初勝利を挙げる[2]。翌2000年には同馬で皐月賞への騎乗を果たしGI競走初騎乗を記録する。その同時期に伊藤が主戦騎手を務めたスマートボーイがダート路線で台頭、アンタレスステークス2連覇などすべての重賞勝利を伊藤とのコンビで挙げた。

しかしスマートボーイが現役を引退した2004年以降は騎乗数、重賞騎乗機会ともに減少、それまで10勝前後で推移していた勝利数もひと桁になる。2006年には騎乗機会を増やすべくデビュー14年目にして障害競走への騎乗も開始されたが、2年通算で25戦未勝利という結果に終わり、2008年以降は平地に専念となった。

その後も成績の低迷は続き、2011年の年間未勝利という結果を受け引退を決意[2]、翌2012年より所属を粕谷厩舎へと移したのち、同年2月29日をもって現役を引退[1]。以降は引き続き同厩舎にて調教助手を務める[1]

騎乗成績

日付競馬場・開催・レース競走名馬名頭数人気着順
平地初騎乗1993年3月6日2回中山3日2R4歳未勝利カミノダイリン14頭88着
初勝利1993年5月8日1回新潟5日11R尖閣湾特別トウショウジゴロ8頭21着
重賞初騎乗1993年7月11日1回福島8日11R七夕賞ユーワビーム16頭1616着
重賞初勝利1999年9月25日2回札幌7日11R札幌3歳Sマイネルコンドル13頭81着
GI初騎乗2000年4月16日3回中山8日11R皐月賞マイネルコンドル18頭1517着
障害初騎乗2006年3月11日2回中山5日4R障害未勝利テルミドール14頭78着
年度平地競走障害競走
1着2着3着騎乗数勝率連対率複勝率1着2着3着騎乗数勝率連対率複勝率
1993年8813217.037.074.134-
1994年142324304.046.122.201-
1995年11818247.045.077.150-
1996年10138205.049.112.151-
1997年10116142.070.148.190-
1998年91015188.048.101.181-
1999年14108180.078.133.178-
2000年111714215.051.130.195-
2001年101519227.044.110.194-
2002年91510257.035.093.132-
2003年9136207.043.106.135-
2004年4812151.026.079.159-
2005年544120.042.075.108-
2006年153106.009.057.08501116.000.063.125
2007年40385.047.047.0820109.000.111.111
2008年32387.034.057.092-
2009年25480.025.088.138-
2010年32570.043.071.143-
2011年04075.000.053.053-
2012年0029.000.000.222-
中央1371721763156.043.098.15402125.000.080.120
地方6511112.054.098.196-

主な騎乗馬

その他

脚注

  1. JRAニュース「調教師4名、高橋 亮・伊藤 直人騎手が引退」”. 日本中央競馬会 (2012年2月9日). 2013年4月29日閲覧。
  2. 木南友輔 (2012年2月24日). 伊藤直を支えたものは初重賞制覇の喜び”. 日刊スポーツ. 2013年4月29日閲覧。

関連項目

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