伏見宮貞康親王
伏見宮貞康親王(ふしみのみや さだやすしんのう)は、戦国時代の皇族。式部卿。世襲親王家の伏見宮第8代当主。邦輔親王の第四王子。母は西園寺実宣の女。正親町天皇の猶子[1]。
| 伏見宮貞康親王 | |
|---|---|
| 伏見宮 | |
| 続柄 | 伏見宮邦輔親王第4王子 |
| 称号 | 後葆光院 |
| 身位 | 親王 |
| 敬称 | 殿下 |
| 出生 |
天文16年1月11日(1547年2月1日) |
| 死去 |
永禄11年4月15日(1568年5月11日) |
| 埋葬 | 京都市上京区伏見宮墓地 |
| 子女 | 伏見宮邦房親王 |
| 父親 | 伏見宮邦輔親王 |
| 母親 | 西園寺実宣の娘 |
| 役職 | 式部卿 |
| サイン |
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外部リンク
- 『親王・諸王略傳』貞 [貞康] - ウェイバックマシン(2019年1月1日アーカイブ分)
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