佐原健二

佐原 健二さはら けんじ[出典 1][注釈 1]1932年昭和7年〉5月14日[出典 2] - )は、日本俳優。本名は加藤 正好かとう まさよし[6]

さはら けんじ
佐原 健二
佐原 健二
1962年
本名 加藤 正好かとう まさよし
別名義
  • 石原 忠
  • 万城目 淳
生年月日 (1932-05-14) 1932年5月14日(91歳)
出生地 日本の旗 日本神奈川県川崎市
身長 176 cm
血液型 A型
職業 俳優
ジャンル 映画テレビドラマ
活動期間 1953年 -
事務所 佐原プロモーション
公式サイト 佐原プロモーション
主な作品
映画

テレビドラマ
備考
ゴジラシリーズ最多出演俳優

神奈川県[出典 3]川崎市[2][8]出身。中央大学[6]卒業。佐原プロモーション社長。

来歴・人物

聖マリアンナ医科大学理事の息子として、神奈川県川崎市に生まれる。攻玉社中学校・高等学校から、1951年中央大学法学部に入学する。

1953年、「ミスター平凡コンテスト」で「準ミスター平凡」に選出[出典 4][注釈 2]されたのをきっかけに第六期東宝ニューフェイスとして「東宝演技研究所」に入所[1]。卒業後の1954年に、東宝と専属契約[2][1][注釈 3]

1954年2月公開の本多猪四郎監督作品『さらばラバウル』にて特攻隊員の役で石原 忠いしはら ただしの芸名で映画デビューする[出典 5][注釈 4]。同年、同じく本多の監督作品『ゴジラ』にも新聞記者と遊覧船上のアベックの男の2役で出演する[出典 7]

1956年鈴木英夫監督『殉愛』で芸名も石原忠から佐原健二に改め、本編クレジットに「佐原健二 石原忠改め」と記載される。 (資料では本多猪四郎監督作品『空の大怪獣 ラドン』が改名第1作目とされているが[出典 8][注釈 5]、『殉愛』の方が公開が先である[14]。) 芸名も由来は当時の名優であった佐野周二関口宏の父)にあやかって息の長い俳優に、ということで“佐”と“二”の二文字を使った。命名者は当時東宝の専務だった藤本真澄である[13][15]。 同年、『空の大怪獣 ラドン』の主役に抜擢ばってきされる[出典 9]

引き続き『地球防衛軍』『美女と液体人間』と東宝特撮に主演[出典 10]。数多くの特撮映画に主演、出演し「ミスター東宝特撮[1]」「ミスター特撮映画[3]」と呼ばれる。その後、東宝のもう一つの看板映画であったサラリーマン物にも主演、出演が続く。都会的な好青年を得意とし[5]、また、新人女優の相手役も多かった[17]

そして円谷プロダクション製作の連続特撮ドラマの第1作『ウルトラQ』万城目淳役に起用された[3]。『ウルトラQ』は結果的に大成功に終わり、円谷プロはその成功を受けて『ウルトラマン』を制作。佐原は『ウルトラQ』の撮影後は東宝との契約のため一旦活動の場を映画に戻すものの、今度は円谷英二監督の長男・円谷一に出演を依頼され、円谷プロ第3作目となる『ウルトラセブン』に出演する。その後もウルトラシリーズゴジラシリーズなどで主に参謀長官などの役で多数出演し、特撮物には欠かせない存在となる。2006年の『ウルトラマンメビウス』では『ウルトラセブン』に登場した「タケナカ参謀」の後の姿である「タケナカ最高総議長」、2004年の『ゴジラ FINAL WARS』ではゴジラの生みの親であり、東宝の名プロデューサーであった田中友幸のペンネーム「神宮寺八郎」の役名がついた博士として出演した。

1976年に東宝を退社後も『西部警察』、『スクール☆ウォーズ』、などの人気ドラマに出演。2004年から2007年まで円谷プロダクションに所属していた。

ゴジラシリーズにおいては、第1作の『ゴジラ』(1954年)から、シリーズ第28作の『ゴジラ FINAL WARS』(2004年)までの13作品に出演し、最多出演俳優である[出典 11]

現在は活動の場を映画、テレビに限定することなくトークショーにも出演。特に特撮ファンの要望により、「ゴジラシリーズ」、「東宝特撮シリーズ」、「ウルトラシリーズ」の3つのカテゴリーを使い分け、当時の制作秘話などを俳優の立場から語れる唯一無二の俳優として人気が高い。

特技はゴルフ[7]。趣味は散歩[7]

エピソード

  • 『ラドン』以来、本多猪四郎からはリアリティに徹した演技指導を、円谷英二からは特撮、そして特撮映画のイロハを教わる[11]。佐原はこの『ラドン』以来、本多監督からは「ケン坊」、円谷からは「ケンちゃん」と呼んで可愛がられるようになったといい、ともに故人となった両名を恩師として今も深い尊敬の意を表し、また本多・円谷両監督から最も愛された俳優として知られている。
  • 同期の宝田明、藤木悠とは研究生時代から飲み歩く仲であった[11]。『ゴジラ』以来、共演が多かった平田昭彦とは、『ラドン』の九州ロケで打ち解け兄弟のような付き合いであったと述懐している[11]
  • 東宝の俳優であった中島春雄によれば、新人時代の佐原は先輩俳優によくしごかれていたといい、監督の鈴木英夫からは他のスタッフらが昼食に行く中で一人練習を続けさせられたこともあったという[20]
  • 監督の梶田興治は、助監督時代に『ゴジラ』で出会い、『ウルトラQ』で監督を務めるなど多くの作品で佐原と関わっており、佐原は梶田を「生涯の盟友」と称している[11]
  • 1956年の『空の大怪獣 ラドン』の撮影中、撮影用のトロッコが佐原を乗せたまま脱線し[13]、これが元で佐原は負傷して自宅療養を余儀なくされる[9][11]。しかし東宝からの要請で碌に休む間もなく怪我を押して現場復帰することになる[9][11][注釈 6]。休養中に佐原の見舞いに訪れていた先輩俳優の鶴田浩二は、佐原が撮影所に来ていたことに驚き、東宝演技課に怒鳴り込んだという[9][11]
  • 『ラドン』で主人公が記憶喪失になる場面ではリアルな芝居を重視する本多監督の意向に応えるため、目の焦点をぼかす演技を考案して本多から評価された[21][11]
  • 佐原が『ラドン』で特撮現場を訪れた際に、特技監督の円谷英二から絵コンテを見せてもらい本編と特撮を組み合わせるイメージを教わったが、円谷が俳優に絵コンテを見せることはほとんどなかったといい、佐原はこの時点から円谷との信頼関係が始まったと述べている[10]
  • 1963年の『マタンゴ』には、悪役の役作りのために歯科治療中に前歯(治療以外の歯)を抜くことを思いつき前歯を1本抜いた状態で出演[22]。しかしヨットの遭難場面でのリハーサルで、抜いた前歯の替わりに作った差し歯を無くすというトラブルに見舞われる[8][23]。この撮影はセットにドラム缶いっぱいに溜めた水を何本も流す過酷なもので、水圧に耐え切れず紛失してしまったのだが、その場にいたスタッフも一緒になって探したところ、佐原自身が発見した[24][注釈 7]
  • 『ラドン』以降、東宝特撮作品では青年科学者のような役が多かったため、『モスラ対ゴジラ』では悪役を引き受けたと述べている[13]。同作品で助監督を務めた梶田によれば、『マタンゴ』での悪役が評価され、本多から勧められたものであった[25]
  • 日米合作映画『勇者のみ』(フランク・シナトラ監督、三橋達也主演)撮影中の1964年、本多猪四郎と円谷英二が佐原のロケ現場(ハワイのカウアイ島)に出向き、佐原に円谷プロダクション第1回作品の主演への出演交渉を直接行った[26][16]。本多はその時、「円谷プロ第一回の作品だから失敗できない。お前、行ってやってくれ」と言うと、円谷は「健ちゃん、頼むね」と続き、佐原はすぐにためらうことなく快諾したという。佐原はこの時のことを今でも「宝物」と言って大切にしている。元々佐原は『ウルトラQ』の元になった『WOO』の秋田穣二役に決まっていた[27]
  • 1966年の『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』への出演は、『ウルトラQ』の大成功を受けて本多が「ご褒美」として用意したものであったという[28]
  • ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃』では、運転士役として佐原が機関車を実際に運転している[10][11]。当初は本物の運転士が動かす予定であったが、その場合、佐原の前に運転士が座ることになり不自然であったため、佐原が練習して動かすこととなった[10]
  • メカゴジラの逆襲』で佐原が演じた防衛軍の長官は、これまで東宝の先輩である藤田進田崎潤らが東宝特撮作品で演じていた役どころであり、佐原は思い入れの深いゴジラシリーズで憧れていた役柄を演じられたことに感慨深い思いであったという[10]
  • 制服を着る役では、凛とした立ち振る舞いを心がけており、衣裳も必ず自身のサイズにピッタリあったものを着ている[10]。特に帽子は、通常の俳優は自身の顔を見せるために格好良く被りがちであるが、佐原はリアリティを重視し目深に被ることを重視している[10]

出演

映画

特記以外は東宝配給作品

テレビドラマ

オリジナルビデオ

DVD

  • 『ウルトラQ』店頭プロモーション映像(2001年)
  • 『モスラ対ゴジラ』オーディオコメンタリー(2003年)

ラジオドラマ

テレビアニメ

  • ソニックX 第47話「緯度0大決戦!!」・第48話「ソニック対地底怪獣」(2004年)- アツミ博士

CM

その他

  • 『ウルトラQ』ソノシート(1966年、朝日ソノラマ)- 万城目淳
  • 『ウルトラセブン』ソノシート(1967年 - 1968年?)- タケナカ参謀
  • 『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』(1967年?)- 森尾観測員
  • ウルトラ情報局(2002年、ファミリー劇場
  • 『モスラ対ゴジラ』特典オーディオコメンタリー(2003年、東宝)- ゲスト
  • 『美女と液体人間』特典オーディオコメンタリー(2005年、東宝)- ゲスト

ディスコグラフィー

著書

  • 佐原健二『素晴らしき特撮人生』小学館、2005年。ISBN 4-09-387597-9。

佐原健二に相当する役を演じた俳優

脚注

注釈

  1. 資料によっては、読みを「さわら けんじ」と表記している[5]
  2. ちなみに「ミスター平凡」は葉山良二
  3. 同期に宝田明[11]藤木悠[11]河内桃子[11]日活に移籍した岡田眞澄がいる。
  4. 資料によっては、『うれし恥かし看板娘』をデビュー作と記述している[出典 6]
  5. 東宝の宣伝用ポスターには「石原忠改め 佐原健二」と印刷されている。佐原自身は同作品をデビュー作と述べている[13]
  6. 佐原は、休めたのは1-2日だったと述べている[9]
  7. 共演者の土屋嘉男は、見つからなかったと証言している[23]
  8. 研修生時代の出演[11]
  9. ノンクレジット。
  10. 佐原健二”に改名。
  11. この撮影時、佐原は足を骨折していた[34]
  12. 友情出演。
  13. 第15話を除く。
  14. 第5話、第6話は佐川参謀。
  15. 設定上『セブン』と同一人物。
  16. 佐倉健二と誤表記。
  17. 『Q』と同一人物。
  18. 出演以外に演出、役名の「万城目淳」名義で脚本も担当。
  19. Project DMM with ウルトラ防衛隊の一員として。
  20. 佐原本人も出演。

出典

  1. 超常識 2016, p. 119, 「Column ゴジラ映画 俳優FILE」
  2. 東宝特撮映画全史 1983, p. 530, 「怪獣・SF映画俳優名鑑」
  3. ゴジラ大百科 1993, pp. 120–121, 構成・文 岩田雅幸「決定保存版 怪獣映画の名優名鑑」
  4. ゴジラとともに 2016, p. 53, 「佐原健二」
  5. 決定版ゴジラ入門 1992, p. 163, 「第5章 これがゴジラ映画だ 出演した人たち」
  6. 日本タレント名鑑'18』VIPタイムズ社、2018年。
  7. 佐原 健二”. 日本タレント名鑑. VIPタイムズ社. 2019年3月11日閲覧。
  8. ゴジラ大全集 1994, pp. 204–205, 「3大俳優座談会 素晴らしき東宝特撮映画」
  9. 円谷英二特撮世界 2001, pp. 67–70, 「対談 佐原健二×水野久美」
  10. 東宝チャンピオンまつりパーフェクション 2014, pp. 66–67, 「東宝チャンピオンまつりキャストインタビュー01 佐原健二」
  11. ゴジラとともに 2016, pp. 54–64, 構成・文 友井健人「佐原健二」(『宇宙船116号』〈朝日ソノラマ2005年〉と『初代ゴジラ研究読本』などを合併再編集)
  12. 「本多猪四郎監督 長編インタビュー(2)」『ゴジラ / ゴジラの逆襲 / 大怪獣バラン』東宝出版事業部〈東宝SF特撮映画シリーズVOL.3〉、1985年5月1日、228頁。ISBN 4-924609-07-2。
  13. ヒットブックスVSメカゴジラ 1993, pp. 104–105, 「出演者インタビュー 佐原健二」
  14. 佐原健二”. 日本映画データベース. 2024年2月14日閲覧。
  15. 佐原健二 2005, pp. 110–114, 「改名――“石原忠”から“佐原健二”へ」
  16. ゴジラとともに 2016, pp. 65–70, 「佐原健二ギャラリー」
  17. ゴジラ大全集 1994, p. 203, 「3大俳優座談会 素晴らしき東宝特撮映画」
  18. ゴジラ大百科 1992, p. 121, 構成 早川優「ゴジラ映画を100倍楽しむ100のカタログ 5 ゴジラ映画出演俳優ベスト5」
  19. ゴジラ大全集 1994, pp. 206–207, 「3大俳優座談会 素晴らしき東宝特撮映画」
  20. 東宝ゴジラ会「第二章 円谷組スタッフインタビュー INTERVIEW10 中島春雄」『特撮 円谷組 ゴジラと東宝特撮にかけた青春』洋泉社、2010年10月9日、131頁。ISBN 978-4-86248-622-6。
  21. 佐原健二 2005, pp. 118–120
  22. DVD『モスラ対ゴジラ』オーディオ・コメンタリーで佐原本人が語る。
  23. ゴジラとともに 2016, p. 41, 構成・文 友井健人「土屋嘉男」(『シネマバー ザ・グリソムギャング』イベント〈2009年5月〉と『新文芸坐』イベント〈2011年2月〉)
  24. 佐原健二 2005, pp. 161–164
  25. 「インタビュー 本編助監督 梶田興治(聞き手・友井健人 中村哲)」『別冊映画秘宝 モスラ映画大全』洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2011年8月11日、63頁。ISBN 978-4-86248-761-2。
  26. 佐原健二 2005, pp. 8–13, 「ハワイ生まれだった万城目淳
  27. 桜井浩子「ウルトラQ・大座談会 佐原 健二・西條 康彦・桜井 浩子」『ウルトラマン創世記』小学館、2003年9月10日、65頁。ISBN 4-09-387464-6。
  28. 「祝・ガイラ生誕50周年!! 佐原健二」『別冊映画秘宝 特撮秘宝』vol.3、洋泉社、2016年3月13日、111頁、ISBN 978-4-8003-0865-8。
  29. 東宝特撮映画全史 1983, pp. 535–538, 「主要特撮作品配役リスト」
  30. 東宝特撮映画大全集 2012, p. 225, 「『ゴジラVSキングギドラ』作品解説/俳優名鑑」
  31. 東宝特撮映画大全集 2012, p. 237, 「『ゴジラVSメカゴジラ』作品解説/俳優名鑑」
  32. 東宝特撮映画大全集 2012, p. 245, 「『ゴジラVSスペースゴジラ』作品解説/俳優名鑑」
  33. 東宝特撮映画大全集 2012, p. 285, 「『ゴジラ FINAL WARS』作品解説/俳優名鑑」
  34. 佐原健二 2005, pp.143-152「俳優としてやってはいけないこと――『妖星ゴラス』

出典(リンク)

参考文献

  • 佐原健二『素晴らしき特撮人生』小学館、2005年。ISBN 4-09-387597-9。
  • 関連書籍
    • 『東宝特撮映画全史』監修 田中友幸東宝出版事業室、1983年12月10日。ISBN 4-924609-00-5。
    • 田中友幸『決定版ゴジラ入門』(第7刷)小学館〈小学館入門百科シリーズ142〉、1992年4月20日(原著1984年7月15日)。ISBN 4-09-220142-7。
    • Gakken MOOK(Gakken
      • 『ENCYCLOPEDIA OF GODZILLA ゴジラ大百科 新モスラ編』監修 田中友幸、責任編集 川北紘一、Gakken〈Gakken MOOK〉、1992年12月10日。
      • 『ENCYCLOPEDIA OF GODZILLA ゴジラ大百科 [メカゴジラ編]』監修 田中友幸、責任編集 川北紘一、Gakken〈Gakken MOOK〉、1993年12月10日。
    • テレビマガジンビジュアル全集 ゴジラvsメカゴジラ』構成・執筆・編集 岩畠寿明、小野浩一郎(エープロダクション)、講談社〈講談社ヒットブックス43〉、1993年12月30日。ISBN 4-06-177741-6。
    • 『テレビマガジン特別編集 誕生40周年記念 ゴジラ大全集』構成・執筆:岩畠寿明(エープロダクション)、赤井政尚、講談社、1994年9月1日。ISBN 4-06-178417-X。
    • 『円谷英二特撮世界』勁文社、2001年8月10日。ISBN 4-7669-3848-8。
    • 『東宝特撮映画大全集』執筆:元山掌 松野本和弘 浅井和康 鈴木宣孝 加藤まさし、ヴィレッジブックス、2012年9月28日。ISBN 978-4-86491-013-2。
    • 電撃ホビーマガジン編集部 編『ゴジラ 東宝チャンピオンまつり パーフェクション』KADOKAWAアスキー・メディアワークス)〈DENGEKI HOBBY BOOKS〉、2014年11月29日。ISBN 978-4-04-866999-3。
    • 『ゴジラの超常識』[協力] 東宝、双葉社、2016年7月24日(原著2014年7月6日)。ISBN 978-4-575-31156-3。
    • 別冊映画秘宝編集部 編『ゴジラとともに 東宝特撮VIPインタビュー集』洋泉社〈映画秘宝COLLECTION〉、2016年9月21日。ISBN 978-4-8003-1050-7。

外部リンク

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