加藤光徳
来歴
三重県出身[1]。1971年、東京都立大学工学部卒[1]。三重県庁に入り[2]、県まちづくり推進課長、都市整備指導監、伊勢市助役などを経て[1]、2004年、伊勢市長に当選する[3]。
翌2005年、伊勢市は近隣の町村と合併し、新伊勢市が発足、これに伴う市長選挙に立候補し、民主党推薦で立候補した。対立候補は自民党の推薦を受け、片山さつきや竹中平蔵が応援演説に駆け付けた[4]が、激しい選挙戦の末加藤が当選した[3]。しかし、当選後、加藤に対する無言電話や加藤へ剃刀が送りつけられたりした。
2006年2月26日、伊勢市内の自宅を出たまま行方不明になり、翌27日朝、伊勢市内の山林で首を吊った姿で発見された[5]。警察は司法解剖の結果自殺と断定、死亡推定日時を「26日夜」と断定した[6]。
脚注
- 『現代物故者事典 2006~2008』177頁。
- 『中日新聞』2004年4月26日朝刊1面。
- 『地方選挙総覧 <知事・市長・特別区長> 平成篇 1989-2019』281頁。
- 『週刊ポスト』2006年3月17日号、38頁。
- 『フライデー』2006年3月17日号、88頁。「自殺‥伊勢市長を追いつめた地元の政争」
- 『中日新聞』2006年3月1日朝刊39面。
参考文献
- 『現代物故者事典 2006~2008』日外アソシエーツ、1997年。
- 『地方選挙総覧 <知事・市長・特別区長> 平成篇 1989-2019』、日外アソシエーツ2019年。
関連項目
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