千秋季頼
経歴
1950年(昭和25年)、旧男爵千秋季孝の長男として生まれる[1]。皇學館大学文学部国史学科を卒業し、1973年(昭和48年)、先祖と同じように熱田神宮に奉職した[+ 1]。
2014年(平成26年)11月、熱田神宮権宮司に就任した[+ 1]。2018年(平成30年)9月27日、同宮宮司に昇任した[+ 1]。
系譜
家族
『平成新修旧華族家系大成』上巻, p. 790を参照。
- 父:千秋季孝
- 母:千秋豐子(1922 - ) - 小松行一三女
- 姉:田中早苗(1969 - ) - 田中安比呂夫人
- 妻:千秋久美子(1955 - ) - 藪谷安男長女
- 長男:千秋季嗣(1983年 - )
- 長女:千秋ゆか(1986 - )
系図
| 東山天皇 | 中御門天皇 | 桜町天皇 | 桃園天皇 | 後桃園天皇 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 直仁親王 | 典仁親王 | 光格天皇 | 仁孝天皇 | 孝明天皇 | 明治天皇 | 大正天皇 | 昭和天皇 | 太上天皇 | 今上天皇 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 鷹司輔平 | 鷹司政煕 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 徳大寺実堅 | 四辻公績 | 四辻公健 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 北河原公憲 | 北河原公平 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 北河原公海 | 北河原公典 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 千秋季孝 | 千秋季頼 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
- 係累縁者が多数に上るため、東山天皇以降の歴代天皇および関連する男系男子の人物を記載した。そのため、母方の系図は省略している。
- 七世の祖の閑院宮直仁親王は、東山天皇の第六皇子として生まれ、閑院宮家を興した[3]。
- 六世の祖の鷹司輔平は、閑院宮直仁親王の第四王子として生まれ、鷹司基輝の養子となり、鷹司家を継承した。
- 五世の祖の徳大寺実堅は、鷹司輔平の子として生まれ、徳大寺公迪の養子となり、徳大寺家を継承した。
- 高祖父の四辻公績は、徳大寺実堅の子として生まれ、四辻公説の養子となり、四辻家を継承した。
- 曾祖父の北河原公憲は、四辻公績の子として生まれ、北河原家を興した[4]。
- 祖父の北河原公海は、北河原公憲の子として生まれ、兄公平の養子となって北河原家を継承した[4]。
- 父の千秋季孝は、北河原公海の次男と生まれ、千秋季隆の養子となって千秋家を継承した[1]。
脚注
書籍出典
- 『平成新修旧華族家系大成』上巻, p. 790.
- 『神社新報』2022年1月17日.
- 『平成新修旧華族家系大成』上巻, p. 34.
- 『平成新修旧華族家系大成』上巻, p. 490.
ウェブ新聞出典
- 「熱田神宮宮司に千秋氏」『産経ニュース』産業経済新聞社、2018年9月27日。2022年2月16日閲覧。オリジナルの2022年2月17日時点におけるアーカイブ。
関連項目
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