古琉球

古琉球 (こりゅうきゅう)は、「琉球」(現在の沖縄県八重山列島)および、しばしば鹿児島県奄美群島を含む)の歴史区分である。

『古琉球』
著者 伊波普猷
発行日 沖縄公論社版(1911年)
糖業研究会出版部版(1916年)
郷土研究社版(1922年)
ジャンル 言語学
歴史学
沖縄学
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農耕社会の成立(12世紀頃)から、琉球王国の成立まで。島津氏の進入(1609年)までとする場合もある。

古琉球の名称は伊波普猷1911年に出版した学術書『古琉球』に由来する。沖縄の言語歴史民俗文学などを研究した書で、『おもろさうし』・『中山世鑑』と並ぶ沖縄学の古典文献と位置付けられている。

伝説や史書によると天孫氏王統に始まり舜天王統英祖王統三山の各王国など複数の王朝が栄えたという。 また三山統一と琉球王国の成立までは各地の按司グスクを築いて覇を争ったことから考古学の分野ではグスク時代按司時代とも)と言う。 琉球に実態を伴った統一王朝が成立し、また先島諸島や奄美群島がその版図に含まれるようになったのは琉球王国の成立後だとされている。 グスク時代以前は貝塚時代と呼ばれる狩猟採集の時代だったとされる。 琉球の神話や伝承では古琉球・グスク時代以前の先史時代は神話時代としてあまん世(あまんゆ)とか裸世(はだかゆ)、蒲葵ぬ葉世(くばぬはゆ)などと呼ぶ。 あまんとはヤドカリのことで、「ヤドカリ時代」ないしは「ヤドカリぐらいしかいなかった頃」、「ヤドカリぐらいしかいなかった琉球に人が住み始めた頃」という意味であり、蒲葵(くば)とはビロウのことで、ビロウの葉を腰蓑としていた時代という意味である。また三山時代後期から琉球王国消滅までの、明や清に朝貢して冊封体制に組み込まれていた時期を唐世と呼ぶ。

中国の史書ではある時期まで沖縄と台湾は「流求」(琉球)として一纏めに呼称されているので注意が必要である。 沖縄のみを指す琉球の呼称が定着するのは三山時代(明代)であり、それ以前の中国側の流求についての記述は概ね現在の台湾のことだとされている(例:『宋史流求国伝』)。

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関連項目

先代
先史時代 (琉球)
古琉球
次代
琉球王国
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