吉田宗弘

吉田 宗弘(よしだ もとひろ、1974年8月25日-)は、大阪府吹田市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはゴールキーパー

吉田 宗弘
名前
カタカナ ヨシダ モトヒロ
ラテン文字 YOSHIDA Motohiro
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1974-08-25) 1974年8月25日(49歳)
出身地 大阪府吹田市
身長 185cm[1]
体重 77kg[1]
選手情報
ポジション GK
利き足
ユース
1993-1996 慶應義塾大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1997-2002 柏レイソル 24 (0)
2003-2004 ガンバ大阪 1 (0)
2005-2007 セレッソ大阪 116 (0)
2008-2009 アビスパ福岡 56 (0)
2010-2011 FC町田ゼルビア 48 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2011年12月3日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

来歴

吹田市立千里新田小学校の4年生からサッカー部に入部し、本格的にサッカーをはじめた。その後、大阪府立茨木高等学校を経て、慶應義塾大学へ入学してソッカー部に所属した。

1997年柏レイソルへ入団。1999年2000年はリーグ戦で約10試合ほど出場機会を得たものの同時期に南雄太土肥洋一に代わって正GKに定着したためレギュラー獲得には至らず、2003年に柏時代の恩師である西野朗を頼って、地元のガンバ大阪へ完全移籍。だが、都築龍太の退団によってポジションを掴んだ松代直樹の後塵を拝して正GKを掴めなかった。

その後、コンサドーレ札幌から藤ヶ谷陽介の加入もあって、2005年セレッソ大阪へ移籍。移籍後はプロ生活9年目にして初めてレギュラーとなり、リーグ戦全34試合にフル出場。体格と周囲との連携を生かした堅守でクラブの優勝争いと5位に貢献し、ベストイレブンにも輝いた。2006年も2年連続で全試合にフル出場したが、クラブは前年の優勝争いから一転して17位と低迷しJ2へ降格。2007年もJ2のリーグ戦全48試合にフル出場したが、チームは序盤の出遅れが響いて5位に終わり1年でのJ1復帰はならなかった。

2008年アビスパ福岡へ完全移籍。同年は中盤戦以降神山竜一からポジションを奪って20試合に出場した。2009年は神山が故障で長期離脱したため開幕から出場を続けていたが、若手の六反勇治の台頭もあって終盤戦はポジションを失い、シーズン終了後に戦力外通告を受けた。

2010年JFLFC町田ゼルビアへ移籍。2011年は若手の修行智仁とポジションを争い23試合に出場。修行が負傷離脱した後はレギュラーを務め、J2昇格を果たし、同年限りで現役を引退した。

2012年から町田のGKコーチを務める[1]

2014年にガンバ大阪ユースGKコーチに就任[2]

2017年に京都サンガF.C.のトップチームGKコーチに就任[3]

2019年にファジアーノ岡山FCのGKコーチに就任[4]

2022年にガンバ大阪のトップチームGKコーチに就任[5]

プレースタイル

  • 一見派手なスーパーセーブこそ少ないが、的確な判断とミスの少ない安定したプレーが特徴の堅実な選手であった。また、素早く正確なスローによるフィードも特徴のひとつであった。

所属クラブ

ユース経歴
プロ経歴

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
199731J00000000
19982200000000
1999J11107000180
20001002000120
200100000000
200230000030
2003G大阪00200020
200410000010
2005C大阪3408030450
20063407000410
2007J2480-20500
2008福岡200-10210
2009360-10370
2010町田JFL250-10260
2011230-20250
通算日本J1 930260301220
日本J2 1040-401080
日本JFL 480-30510
総通算 24502601002810

指導歴

タイトル

クラブ

柏レイソル
FC町田ゼルビア

個人

脚注

関連項目

外部リンク

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