名古屋市交通局1000形電車

名古屋市交通局1000形電車(なごやしこうつうきょく1000がたでんしゃ)は、1965年(昭和40年)に登場した名古屋市交通局(名古屋市営地下鉄)の通勤形電車である。かつて名城線・4号線(現・名城線・名港線)で使用されていた。

名古屋市交通局1000形電車
(1100形・1200形・1500形・1600形・1700形・1800形・1900形を含む)
1200形電車
(1999年9月7日 / 大曽根駅)
基本情報
運用者 名古屋市交通局
製造所 日立製作所・日本車輌製造[1]
製造年 1965年9月 - 1974年2月[2]
製造数 8形式合計125両
運用開始 1965年10月15日
運用終了 2000年3月31日
廃車 2000年4月4日
投入先 名城線・4号線(当時)
主要諸元
編成 2両編成(製造時)
6両編成(廃車直前)
軌間 1435 ㎜
電気方式 直流600V
(第三軌条方式)
車両定員 110人(先頭車)[2]
115人(中間車)[2]
自重 24.5 t - 25.0 t(先頭車)[2]
23.3 t - 24.0 t(中間車)[2]
全長 15,580 mm[2]
全幅 2,508 mm[2]
全高 3,430 mm[2]
車体 普通鋼[2]
台車 空気ばね台車住友製FS-362・日車製ND-305(1000形・1500形)[2]
コイルばね台車住友製FS-354・日車製ND-111・日立製KH-46(1100形・1600形・1700形・1200形・1800形・1900形)
主電動機 三菱製MB-3092・日立製HS-830・日車製NE-55(1100・1600形のみ)[2][3]
主電動機出力 55 kW × 4個[2]
駆動方式 WNドライブ[4]
歯車比 6.73[4][1]
制御方式 抵抗制御
制御装置 日立製作所製MMC-LTB[2]
制動装置 電磁直通ブレーキ[2]
保安装置 車内信号式ATC

本稿では1000形の改良型である1100形・1200形電車および中間車の1500形・1600形・1700形・1800形・1900形についても記述する。

なお、解説の便宜上、名古屋港・新瑞橋方先頭車の車両番号+F(Formation=編成の略)を編成名として記述(例:1001以下5両編成=1001F)する。

概要

1965年(昭和40年)から1974年(昭和49年)にかけて改良型を含めて125両が製造されたいわゆる「黄電」グループの最終形式であり、同時に名古屋市営地下鉄で最後の普通鋼製車である。東山線200形を基本としている。また、200形まで上絞りであった車体の側構が垂直となった。塗装は菜種色(黄色、ウィンザーイエロー)に補色となる薄紫色の帯を通している。後にこの帯の色が「名城線のラインカラー」として採用された。

保安装置は当時東山線は打子式ATSだったのに対し、名城線ではCS-ATCを採用したため、運転台には対応する機器が設けられた[5]。

なお、名城線用の「黄電」(1000番台各形式)は、東山線用の「黄電」と違い、形式ごとの差異は台車や補助機器程度であり、車体外観や性能はほとんど同一である[5]。

共通事項

車体

前述のとおり200形をベースとした普通鋼製車体で片側3扉、扉・窓配置はdD3D3D1で、名古屋市営地下鉄の車両で初めて両開き扉(幅1300 ㎜)を採用した[5]。なお、本形式以降の名古屋市営地下鉄の車両は戸袋窓を設けていない[5]。側窓は上段下降、下段上昇の2段窓である[3]。客室内の構造や材料は東山線の車両と同様で、前面に方向幕表示器を設置し、側扉部の腰掛端に握り棒を設けている[5]。また、普通屋根構造であり、ファンデリア上に箱型通風器が付く[5]。

主要機器

主電動機は日立製HS-830と三菱製MB-3092が採用されており駆動方式はWNドライブ、定格出力はどちらも55 kWである[2][5]。ただし、1100・1600形の中には、同一出力の日車製NE-55を搭載した車両も存在する[2][3]。制御器は日立製MMC-LTB形で、電力消費量を節減するため直並列制御を採用したカム軸による自動加減速多段制御となっている[2][5]。なお、制御回路の電圧は直流100Vを使用している[5]。ブレーキはディスクブレーキを採用し、ブレーキの制御方式は当時の名古屋市営地下鉄では標準であるSMEE電磁直通ブレーキである[5][2]。電気ブレーキは発電ブレーキとし非常ブレーキでも使用可能とした[5]。また、東山線とは異なり、ATCを装備していることから、応荷重装置は圧力比例式とし、荷重が変化してもブレーキ弁角度で一定の減速度が得られるようになっている[5]。さらに、ATCによる停止指令・制限速度超過でのブレーキ指令のため、自動停止電磁弁を装備している[5]。車輪は東山線と同様の弾性車輪を採用した[5]。台車の形式と補助電源装置については各形式の項を参照。

形式

1000形

1965年の名城線栄町(現・栄) - 市役所(現・名古屋城)間および1967年の栄 - 金山間開業に際し、日立製作所・日本車輌製造(日車)で合計22両(1965年に8両、1967年に14両)が製造された制御電動車[1][4][5]。台車は空気ばね台車の日立製のものが住友製FS-362、日車製のものは日車製ND-305が採用されている[4][5]。また、当初運転台の車内信号の表示は色灯式であったが、1967年の延伸時に速度計一体型のものに変更された[5]。登場当初は補助電源装置として全車に電動発電機(MG)が搭載されていた[5]。さらに、1001 - 1008のみ座席が少し長いという特徴がある[6]。

1500形

1967年の栄駅 - 金山駅間開業に伴う3両編成化に際し、日立製作所・日本車輌製造(日車)で11両が製造された中間電動車[4][7]。基本構造は1000形から運転台を取り除いたものであり、台車や補助電源装置の搭載も1000形に準じる[4][7]。

1100形・1600形・1700形

1100形・1600形は1971年の大曽根 - 市役所間および金山 - 名古屋港間開業、1700形は1974年2月の5両編成化に際し、日立製作所・日本車輌製造(日車)で製造された[1]。1100形は1000形をベースにコイルバネ台車化した制御電動車で14両(1971年3月に8両、11月に6両)、1600形は静止形インバータ (SIV) を搭載する中間電動車で30両(1971年3月に19両、11月に6両、1974年2月に5両)、1700形はSIV未搭載の中間電動車で13両が製造された[8]。

前述の通り台車はコイルばね台車である日立製KH-46形・日車製ND-111形・住友製FS-354形の3種の系統(1100形はKH-46B・ND-111A・FS-354A、中間車の1600形は1100形の3種のほかにFS-354A-S、中間車の1700形はKH-46C・ND-111S・FS-354A-S)を履いている[1][2][8]。また、中間車の1600形のSIVから給電されることから、1000形と異なり、1100形には補助電源装置を搭載していない[2][8]。中間車の1600形のSIVは3両分の給電能力を持つことにより、1100形と中間車の1700形に電力を供給している[8]。

1200形・1800形・1900形

1974年の4号線金山駅 - 新瑞橋駅間開業に際し、日立製作所・日本車輌製造(日車)で製造された[1][9]。

1200形・1800形・1900形は補助機器が編成中で分散配置されており、固定編成とされた[10]。1200形は空気圧縮機 (CP) を2組搭載した制御電動車で14両、1800形はSIVを搭載した中間電動車で14両、1900形はCPを2組搭載した中間電動車で7両が製造された[9]。

台車は1100形などと同じくコイルばね台車である日立製KH-46C形・日車製ND-111S形・住友製FS-354A-S形の3種を履いており[1]、1200形と中間車の1900形は中間車の1800形のSIVから給電を受けるため、補助電源装置を搭載しない[9]。空気圧縮機のユニット化のため、全車に元空気管を引通している[9]。これにより、中間車の1800形は空気圧縮機を搭載していない[9]。

改造

1971年以降、SIVで3両給電が可能な1600形が製造されたことにより、1600形と編成を組む1000形1003・1004・1009 - 1022と1500形1510・1511についてはMGが撤去された[5][7]。

1700形の一部車両は6両編成化のため、1987年4月に2両が1600形に改造された[11]。

改造車の番号を下記に示す[12]。

1701,1703 → 1631,1632

後年(時期不詳)、放送装置が設置されたが、発車予告ベルは廃車まで設置されていなかった。

輸送力増強のため、1989年には1000番台各形式に6両編成化が行われ[13]、1000形の内、1001・1002・1005・1006・1015 - 1018の8両は前面貫通幌を設置の上、保安装置を撤去し、中間車代用とされ[14]、1200形については中間車の1600・1700形を挿入した。ただし、1021Fは端数として5両のまま閑散時間帯専用編成として残存している[14]。

1109Fは世界インテリアデザイン会議の開催を記念し、車体塗装が変更され、1995年9月から1996年4月頃にかけて[15][16]、1201Fは11月の国際デザインセンターのオープンを記念し、車体塗装が変更され、10月よりデザイン列車として運行された[17][18]。

廃車

2000形の導入に伴い、1000形10両と中間車の1500形1両は1990年6月付[19]、中間車の1500形4両は1992年6月付[20][21]、中間車の1600形4両は1993年5月付[22]、1000形1011・1012は1994年4月付[23][24]、1100形1101・1102・1105・1106と中間車の1700形1705・1707・1709の計7両は1995年5月付[25]、1100形1111・1112・1113・1114は1997年4月付で順次廃車され[26][27]、1200形と中間車の1800形・1900形の計10両も1998年4月から廃車が進み[28][29]、2000年3月31日を最後に営業運転を終了し[29]、最後の12両は4月4日付で廃車され、形式消滅した[30]。

編成表

1981年時点[31]
← 名古屋港・新瑞橋
大曽根 →
形式 10001500150015001000
区分 McMMMMc
車両番号 10011501150215031002
10051504150515061006
10071507150815091008
形式 10001600150016001000
区分 McMMMMc
車両番号 10091628151016291010
10111630151116121012
形式 10001600170016001000
区分 McMMMMc
車両番号 10031626170116271004
10131613170216141014
10151615170316161016
10171617170416181018
10191619170516091020
10211610170616111022
形式 11001600170016001100
区分 McMMMMc
車両番号 11011601170716021102
11031603170816041104
11051605170916061106
11071607171016081108
11091620171116211110
11111622171216231112
11131624171316251114
形式 12001800190018001200
区分 McMMMMc
車両番号 12011801190118021202
12031803190218041204
12051805190318061206
12071807190418081208
12091809190518101210
12111811190618121212
12131813190718141214

他事業者への譲渡

廃車後、一部の車両については他の事業者に譲渡され、架線集電化改造が行われた。

譲渡された車両は以下の通り(事業者別に記載)。

  • 福井鉄道に譲渡[27][28][32][33](()内は運転台部分のみ流用[34][35])
    • 1100形1111・(1112)
    • 1200形1201・(1202)・1203・1204
  • 高松琴平電気鉄道に譲渡[28][33][36][37]
    • 1200形1209・1210
    • 1600形1615・1617
    • 1700形1702
    • 1800形1801・1802・1803・1804・1809・1810
    • 1900形1901・1902・1905
  • ブエノスアイレス地下鉄に譲渡[28][33][38](2019年9月までに全ての編成が運用を離脱)
    • 1200形1205・1206・1207・1208・1211・1212・1213・1214
    • 1600形1616・1618
    • 1700形1704・1710
    • 1800形1805・1806・1807・1808・1811・1812・1813・1814
    • 1900形1903・1904・1906・1907

その他

市営交通資料センターには、本形式の運転台が保存展示されており、実際に操作してジオラマの模型車両を運転できる。

参考文献

  • 慶応義塾大学鉄道研究会編『私鉄ガイドブック・シリーズ 第6巻 南海・西鉄・大阪地下鉄・名古屋地下鉄』 誠文堂新光社、1971年。
  • 慶応義塾大学鉄道研究会『私鉄電車のアルバム3』 交友社、1977年。
  • 東京工業大学鉄道研究部編『私鉄電車ガイドブック4 相鉄・横浜市・名鉄・名古屋市』 誠文堂新光社、1978年。
  • 田川輝紀・小川金治『日本の私鉄20 名古屋市営地下鉄』(カラーブックス)、保育社、1982年。ISBN 4-586-50586-9
  • 『鉄道ピクトリアル』
    • 「特集 日本の地下鉄」『鉄道ピクトリアル』第525号、電気車研究会、1990年3月。
    • 「特集 名古屋市営地下鉄」『鉄道ピクトリアル』第673号、電気車研究会、1999年8月。
  • 『鉄道ファン』
    • 富山生男「車両のページ 名古屋地下鉄新車 1000形」『鉄道ファン』第55号、交友社、1966年1月、30 - 31頁。

脚注

注釈

    出典

    1. 東京工業大学鉄道研究部 『私鉄電車ガイドブック4 相鉄・横浜市・名鉄・名古屋市』pp.304 - 307
    2. 田川・小川『日本の私鉄20 名古屋市営地下鉄』pp.138 - 140
    3. 慶應義塾大学鉄道研究会 『私鉄電車のアルバム 3』pp.328 - 329
    4. 慶應義塾大学鉄道研究会 『私鉄ガイドブック・シリーズ第6巻 南海・西鉄・大阪地下鉄・名古屋地下鉄』p.242
    5. 田川・小川『日本の私鉄20 名古屋市営地下鉄』pp.118 -122
    6. 東京工業大学鉄道研究部 『私鉄電車ガイドブック4 相鉄・横浜市・名鉄・名古屋市』pp.270 - 271
    7. 田川・小川『日本の私鉄20 名古屋市営地下鉄』pp.122 -123
    8. 田川・小川『日本の私鉄20 名古屋市営地下鉄』pp.123 - 124
    9. 田川・小川『日本の私鉄20 名古屋市営地下鉄』pp.124 -125
    10. 東京工業大学鉄道研究部 『私鉄電車ガイドブック4 相鉄・横浜市・名鉄・名古屋市』pp.270 - 273
    11. 『鉄道ピクトリアル』1988年5月臨時増刊号 (No.496) 「新車年鑑 1988年版」p.222
    12. 『私鉄車両編成表 88年版』ジェー・アール・アール編、1988年、ジェー・アール・アール 140頁。
    13. 『鉄道ピクトリアル』1999年8月号 (No.673) pp.24
    14. 『鉄道ピクトリアル』1990年3月臨時増刊号 (No.525) 「日本の地下鉄」pp.118 - 120
    15. 『鉄道ピクトリアル』1996年10月臨時増刊号 (No.628) 「新車年鑑 1996年版」p.96
    16. 交友社『鉄道ファン』1995年12月号 通巻416号 POST欄 p.116
    17. 『鉄道ピクトリアル』1996年12月号 (No.630) p.78
    18. 『鉄道ピクトリアル』1997年10月臨時増刊号 (No.644) 「新車年鑑 1997年版」p.93
    19. 『鉄道ピクトリアル』1991年10月臨時増刊号 (No.550) 「新車年鑑 1991年版」p.251
    20. 『鉄道ピクトリアル』1993年10月臨時増刊号 (No.582) 「新車年鑑 1993年版」p.103
    21. 『鉄道ピクトリアル』1993年10月臨時増刊号 (No.582) 「新車年鑑 1993年版」p.198
    22. 『鉄道ピクトリアル』1994年10月臨時増刊号 (No.597) 「新車年鑑 1994年版」p.178
    23. 『鉄道ピクトリアル』1995年10月臨時増刊号 (No.612) 「新車年鑑 1995年版」p.94
    24. 『鉄道ピクトリアル』1995年10月臨時増刊号 (No.612) 「新車年鑑 1995年版」p.195
    25. 『鉄道ピクトリアル』1996年10月臨時増刊号 (No.628) 「新車年鑑 1996年版」p.194
    26. 『鉄道ピクトリアル』1998年10月臨時増刊号 (No.660) 「新車年鑑 1998年版」p.89
    27. 『鉄道ピクトリアル』1998年10月臨時増刊号 (No.660) 「新車年鑑 1998年版」p.210
    28. 『鉄道ピクトリアル』1999年10月臨時増刊号 (No.676) 「新車年鑑 1999年版」p.184
    29. 『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 公営鉄道・私鉄 No.10』「名古屋市営地下鉄・豊橋鉄道・愛知環状鉄道・東海交通事業・名古屋臨海高速鉄道」15頁
    30. 『鉄道ピクトリアル』2001年10月臨時増刊号 (No.708) 「新車年鑑 2001年版」p.183
    31. ジェー・アール・アール『私鉄車両編成表1981』交通新聞社、1981年、53頁
    32. 『鉄道ピクトリアル』2000年10月臨時増刊号 (No.692) 「新車年鑑 2000年版」p.110
    33. 『鉄道ピクトリアル』2000年10月臨時増刊号 (No.692) 「新車年鑑 2000年版」p.200
    34. 『鉄道ピクトリアル』1998年10月臨時増刊号 (No.660) 「新車年鑑 1998年版」pp.90 - 91
    35. 『鉄道ピクトリアル』1999年10月臨時増刊号 (No.676) 「新車年鑑 1999年版」pp.99 - 100
    36. 『鉄道ピクトリアル』2001年10月臨時増刊号 (No.708) 「新車年鑑 2001年版」p.181
    37. 『鉄道ピクトリアル』2003年10月臨時増刊号 (No.738) 「鉄道車両年鑑 2003年版」p.219
    38. 『鉄道ピクトリアル』2001年10月臨時増刊号 (No.708) 「新車年鑑 2001年版」p.100
    This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.