名草神社
名草神社(なぐさじんじゃ)は、兵庫県養父市にある神社。主祭神は名草彦大神。養父市と美方郡の境にある妙見山(標高1139m)の中腹(標高800m)、妙見杉の巨木林の中に鎮座する。近世以前は妙見社と称され、守護大名山名宗全や徳川幕府の庇護を受けて近世まで山陰における妙見信仰の拠点として栄えた歴史を持つ。
| 名草神社 | |
|---|---|
![]() 三重塔 | |
| 所在地 | 兵庫県養父市八鹿町石原1755-6 |
| 位置 | 北緯35度25分20.7秒 東経134度39分20.0秒 |
| 主祭神 |
主祭神:名草彦大神 副祭神:天御中主神・高皇霊産神・神皇霊産神・五十猛神・大屋津姫神・柧津姫神 |
| 社格等 | 式内小社、県社 |
| 別名 |
但馬妙見 妙見社 帝釈寺妙見宮 帝釈寺日光院 石原山日光院 |
| 例祭 | 7月18日 |
| 地図 |
![]() 名草神社 名草神社 (兵庫県) |

本殿
歴史
当神社は、東麓の石原集落にある日光院(高野山真言宗)との関係が深い。近世以前は但馬妙見と呼ばれ、妙見(北辰、北斗)信仰の霊地として日本三大妙見の一に数えられた。「名草神社」の社号は明治の神仏分離以降のものである。
石原山日光院(近世以降は帝釈寺とも)の創建は飛鳥時代と伝える。中世には妙見信仰の地として栄え、守護山名氏の庇護を受けていたが、天正5年(1577年)の豊臣秀吉の中国攻めの兵火で衰亡する。寛永9年(1632年)、それまで山麓にあった石原山の本坊日光院を奥の院の地に移した。これが現・名草神社の社地である。明治の神仏分離の際には、日光院は山麓の支院・成就院の地に移された。そして、山上の妙見社を、養父郡の式内社であるが詳細は不明であった名草神社の社殿としたものである[1][2]。
境内
祭礼
- お頭神事 - 1月13日
- 春祭 - 5月8日
- 例祭 - 7月18日
- 秋祭 - 10月13日
交通アクセス
脚注
- 『日本歴史地名大系 兵庫県の地名 I』(平凡社、1999)、p.777
- 兵庫県養父市 名草神社(旧帝釈寺妙見宮)(ジャパン・ジオグラフィック)(2013年11月2日閲覧)
- ひょうごツーリズムガイド
- 一般社団法人やぶ市観光協会
参考文献
- 『日本歴史地名大系 兵庫県の地名 I』平凡社、1999年
- 『兵庫県大百科事典』、神戸新聞出版センター、1983年
関連項目
外部リンク
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