善化区
| 別称: 湾裡 | |
![]() | |
| 地理 | |
|---|---|
![]() | |
| 位置 |
北緯23°08' 東経120°17' |
| 面積: | 55.3097 km² |
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 善化 |
| 日本語読み: | ぜんか、せんか |
| 拼音: | Shànhùa |
| 通用拼音: | Shànhuà |
| 注音符号: | ㄕㄢˋㄏㄨㄚˋ |
| 片仮名転写: | シャンホワー |
| 台湾語: | Siān-hoà |
| 客家語: | San-fa |
| 行政 | |
| 行政区分: | 市轄区 |
| 上位行政区画: |
|
| 下位行政区画: | 20里351鄰 |
| 善化区長: | 李皇興 |
| 公式サイト: | 善化区公所 |
| 情報 | |
| 総人口: | 46,181 人(2015年1月) |
| 世帯数: | 16,321 戸(2015年1月) |
| 郵便番号: | 741 |
| 市外局番: | 06 |

中山路のストリートビュー

善化製糖工場親水休憩公園
歴史
善化は古くはシラヤ族の4大社の一つに数えられた目加溜湾社(Bakaloan)の所在地であった。1625年、オランダ東インド会社が目加溜湾社に進出した際、シラヤ族により撃退されている。これに対しオランダは1635年派兵し、シラヤ族は椰子や檳榔などを献じて和平を請うた。その後オランダはこの地に学校、教会を建設すると同時に、漢人の入植を促進し本格的な開発が開始された。明末、鄭成功がオランダを駆逐して屯田政策を実施、この地を天興県善化里に帰属させた。清による統治が始まると、それまでは原住民の居住地を表す「社」を付していたが、漢人の進出により「湾裡街」になった。日本統治時代には鉄道駅が設置されるなど発展し、1920年に「善化庄」と改称され、その後「善化街」に昇格し台南州新化郡の管轄とされた。台湾の中華民国への編入後は台南県善化鎮となり、2010年12月25日に台南県が台南市に編入されたことに伴って善化区となり、現在に至る。
行政区
| 里 |
|---|
| 什乃里、文昌里、牛庄里、胡家里、渓美里、小新里、蓮潭里、六分里、光文里、頂街里、昌隆里、胡厝里、嘉北里、坐駕里、文正里、六徳里、田寮里、東関里、南関里、嘉南里 |
歴代区長
| 代 | 氏名 | 退任日 |
|---|---|---|
教育
高級中学
- 国立善化高級中学
国民中学
- 台南市立善化国民中学
国民小学
|
|
関連項目
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.



