嘉陽
嘉陽(かよう)は沖縄県内、沖縄本島の北部東海岸に位置する名護市久志支所管内の町名。郵便番号は905-2262。南は太平洋に臨み、東、北、西は標高80 m内外の丘陵地帯である。嘉陽川とその支流である複数の川が流れ、豊かな自然に囲まれている[1]。

遺跡・記念物
祭礼・行事
- 旧暦一月一日
- ハチウガーミ(初拝み):井戸や流れ川、集落内外にある拝所を巡拝する。女性のみで執り行われる行事である。
- 新暦一月三日
- ハチジュリ(初揃い。初常会):新年のあいさつに全世帯主が集う。
- 旧暦三月三日
- サングヮチャー(三月):昔の青年団入団日に潮干狩りをすることで、海で死亡した人々の御願をする。
- 旧暦四月吉日
- アブシバレー:芭蕉の茎を組み合わせて作る虫船に、畑から集めた虫を乗せて南の海の方向へ流す。
- 旧暦五月十五日
- グングヮチウマチー(五月御祭り):本家に集まり、神棚にご馳走を供える。
- 旧暦六月二十七日
- 綱引き
- 旧暦七月十六日
- 豊年祭
- 旧暦八月十五日
- 臼太鼓
- 旧暦九月九日
- 菊酒:各地の拝所を巡拝する。
- 旧暦九月二十日
- パチカミジナディ(二十日水撫で):住民が総出で標高70メートルほどのウエグスク(上城)に登り、清めた水と米を用いて健康や家庭円満の祈願をする。
- 新暦十二月二十五日
- キリシタン(切支丹):新生児の健康を祈願する行事。該当者の家は重箱を持ち寄り、ヌンドゥルチで祈願する。
- 旧暦十二月八日
- ウニムーチー(鬼餅):新年を迎えるにあたり、各家でサンニンガーサ(月桃の葉)に包んだ餅を仏前に供え、悪魔や病魔を追い払う[6]。
観光
ウエグスク(上城)

ウエグスク(上城・嘉陽上グスク)は、「聖火宿泊碑」(1964年〈昭和39年〉に開催された東京オリンピックの聖火が宿泊したことを記念して建立された石碑)から300メートル北へ向かうと左手に位置する。標高約70メートルの丘陵地の頂上には御嶽がある。ウエグスクからは嘉陽集落が俯瞰でき、山頂にはトノと呼ばれる広場にウエグスクの拝所(イビ)と水のカミの拝所が鎮座されており、特に神聖な場所として人々に認識され木々の伐採も禁止されていた。パチカミジナディ(二十日水撫で)という旧暦の9月20日にウエグスクで行われる嘉陽集落最大の祭りごとは、農耕生活を過ごす中で五穀豊穣をウエグスクの信仰に求めたものだという[7]。
聖火宿泊碑

嘉陽は、1964年(昭和39年)10月東京で開催されたオリンピックの聖火の宿泊地である。同年8月にギリシャのオリンピアで採火式が開催され、聖火は各国をリレー形式で縦断したのち、9月に沖縄に繋がれた。8日には久志の嘉陽で聖火が宿泊した。本土と分断されていた時代、聖火リレーは人々の注目を集めた[8]。1963年(昭和38年)四月嘉陽小中学校(現在は美ら島自然学校)PTA総会において、仲村民雄(当時久志村役所勤務)から、「聖火が嘉陽に宿泊するのを機会に、PTAの記念事業として聖火宿泊碑や五輪の池などをつくったらどうか」との提案が出され[9]、会員の賛同を得て建立が決定した。以降、この碑を基点に「嘉陽聖火宿泊記念マラソン」が毎年行われている。
- 聖火のあとさきの詩碑
聖火宿泊碑から国道331号線を挟んで向かい側に位置する。1965年(昭和40年)、聖火宿泊の感慨を綴った宮城敏男の詩を刻んだ碑が建立された[10]。
地理
沖縄本島北部の東海岸に位置している。海岸線は安部崎から天仁屋番崎までなだらかな曲線を描いている。大潮の干潮時には、それぞれの崎をほぼ真っ直ぐに結ぶ幅40 - 50メートルのリーフが姿を現わす[1]。
隣接している自治体
- 安部区
- 三原区
- 天仁屋
- 底仁屋[13]
周辺の山々・河川
- フガッチャムイ
- マンカムイ
- ナコーガキ川
- アミソ川
- ソーズ川
- ナーツミガー[1]
周辺の遺跡
- 嘉陽貝塚
- 嘉陽原遺跡[3]
交通
那覇空港から県道231号線に向かい、安次嶺(交差点)から国道331号へと進入。沖縄自動車道宜野座ICまで進み、宜野座ICを国道329号方面に向かって進む。その後、宜野座料金所を進み(有料区間)、右折して二見バイパス/国道331号に入る。そのまま国道331号を進み、11 km先を左折、20 mを左折すると嘉陽区事務所へ到着[14]。
脚注
- 嘉陽誌編集委員会(編) 1999, p. 1.
- 名護市史編さん委員会(編) 2012, pp. 720–721.
- 「5000年の記憶」編集委員会(編) 2000, pp. 130–131.
- 遅沢・渡邉(編) 2011, pp. 28–33.
- 名護市教育委員会文化課 2014, p. 6.
- 名護市史編さん委員会(編) 2012, pp. 757–758.
- 名護市教育委員会文化課文化財係 2010, pp. 24–25.
- 名護市史編さん委員会(編) 1998, p. 723.
- 名護碑文記編集委員会(編) 2001, p. 249.
- 名護碑文記編集委員会(編) 2001, pp. 250–255.
- 富山義則 2014, p. 20.
- 名護市役所 2017, p. 28.
- 名護市役所 2017, pp. 26–30.
- Google マップ(2018年9月閲覧)
参考文献
- 遅沢壮一・渡邉康志(編)『名護・やんばるの地質』名護博物館、2011年3月31日。 NCID BB09055465。
- 嘉陽誌編集委員会(編)『嘉陽誌』沖縄県名護市嘉陽区事務所、1999年4月。 NCID BA42859156。
- 「5000年の記憶」編集委員会(編)『名護市史』名護市役所〈普及版1 5000年の記憶 名護市民の歴史と文化〉、2000年7月18日。国立国会図書館サーチ:R100000001-I010069222-00。
- 昭文社地図編集部(編)『沖縄県道路地図』昭文社、2014年。ISBN 978-4-398-62669-1。
- 富山義則『沖縄 ビーチ大全 505』マガジンハウス、2014年4月18日。ISBN 978-4-8387-2649-3。
- 名護市教育委員会(編)『名護市の遺跡2』名護市教育委員会〈名護市文化財調査報告4〉、1982年3月。国立国会図書館サーチ:R100000001-I010090632-00。
- 名護市教育委員会文化課『名護市の文化財』2014年。
- 名護市教育委員会文化課文化財係『名護市のグスクハンドブック』沖縄高速印刷、2010年3月31日。
- 名護市史編さん委員会(編)『名護市史』名護市役所〈本編8 芸能 資料編〉、2012年5月15日。 NCID BB12020017。
- 名護市史編さん委員会(編)『名護市史』名護市役所〈本編9 民族Ⅲ 民族地図〉、2003年3月31日。 NCID BA66086350。
- 名護市史編さん委員会(編)『名護市史』名護市役所〈本編11 わがまち・わがむら〉、1988年3月31日。 NCID BN04227681。
- 名護碑文記編集委員会(編)『名護碑文記 碑文が語るふるさとの歴史・文化・人物 増補版』名護市教育委員会〈名護市史叢書4〉、2001年3月。国立国会図書館書誌ID:000008018651。
- 名護市役所『名護市 55区 区長名簿』2017年。
- 平凡社(編)『日本分県大地図(二訂版)』平凡社、2016年6月22日。ISBN 978-4-582-41728-9。



