国富駅

国富駅(くにとみえき)は、かつて北海道岩内郡共和町国富にあった日本国有鉄道(国鉄)岩内線である。電報略号トミ。岩内線の廃線に伴い1985年(昭和60年)7月1日廃駅となった。事務管理コードは▲131801[2]

国富駅
くにとみ
Kunitomi
小沢 (2.5 km)
(3.5 km) 幌似
所在地 北海道岩内郡共和町国富
北緯42度58分44秒 東経140度39分13.3秒
所属事業者 日本国有鉄道(国鉄)
所属路線 岩内線
キロ程 2.5 km(小沢起点)
電報略号 トミ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1913年大正2年)9月21日[1]
廃止年月日 1985年昭和60年)7月1日[1]
備考 岩内線廃線に伴い廃駅

駅構造

廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ホームは線路の南側(岩内方面に向かって左手側)に存在した[3]転轍機を持たない棒線駅となっていた。かつては相対式ホーム2面2線を有する列車交換可能な交換駅であった。

職員配置駅で、駅舎は構内の南側に位置しホーム中央部分に接していた[3]

かつては国富鉱業所精錬所への専用線も分岐していた[4]

駅名の由来

駅付近にある国富鉱山からの輸送のために設置された駅であり、駅名はこの鉱山の名前に由来する[5]

縁起のよい駅名としても知られていた[6]

利用状況

  • 1981年度(昭和56年度)の1日乗降客数は43人[3]

駅周辺

歴史

1976年の国富駅と周囲約750m範囲。左が岩内方面。単式ホーム1面1線、駅裏の国富鉱山の積み込み設備へ引込み線、当駅構内駅裏にも数本の留置線。かつては左端に見える辰五郎川を渡った先にも側線(砂利線?)を有していた。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

を産出する国富鉱山の製品を出荷するため、増設された駅である。

[7]

  • 1918年(大正7年)6月1日 - 一般貸切扱貨物取扱開始[8]
  • 1922年(大正11年)9月2日 - 線路名を岩内線と改称、同線の駅となる。
  • 1923年(大正12年)6月5日 - 一般運輸営業開始[9](貨物の扱いに制限が無くなった)。
  • 1984年(昭和59年)2月1日 - 貨物・荷物取扱い廃止[1]
  • 1985年(昭和60年)7月1日 - 岩内線の廃線に伴い廃止となる[1]

駅跡

1999年(平成11年)時点でホームが残存し[10]、2011年(平成23年)時点でも同様であった[4]。また旧駅構内を出てすぐのシマツケナイ川と堀株川の合流地点の手前に「上鮭川橋梁」が残存する[4]。駅前を通る道は駅跡を貫通して反対側の住宅地を結んでいる。

隣の駅

日本国有鉄道
岩内線
小沢駅 - 国富駅 - 幌似駅

国富鉱業所精錬所専用線

廃線跡

専用線の跡は残っておらず、終点にあった工場跡はアスパラガスの運送会社が利用している[4]

脚注

  1. 石野哲(編)『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ』JTB、1998年、845頁。ISBN 978-4-533-02980-6。
  2. 日本国有鉄道営業局総務課 編『停車場一覧 昭和41年3月現在』日本国有鉄道、1966年、223頁。doi:10.11501/1873236https://doi.org/10.11501/18732362022年12月10日閲覧
  3. 『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』小学館、1983年7月、60頁。
  4. 本久公洋『北海道の鉄道廃線跡』北海道新聞社、2011年9月、12頁。
  5. 札幌鉄道局編 編『駅名の起源』北彊民族研究会、1939年、29頁。NDLJP:1029473
  6. 『終着駅 国鉄全132』雄鶏社、1980年10月、60頁。
  7. 『官報』 1913年09月17日 鉄道院告示第80号(国立国会図書館デジタルコレクション)
  8. 『官報』 1918年05月24日 鉄道院告示第33号(国立国会図書館デジタルコレクション)
  9. 『官報』 1923年05月28日 鉄道省告示第102号(国立国会図書館デジタルコレクション)
  10. 『鉄道廃線跡を歩くVII』JTBパブリッシング、2000年1月、62頁。

関連項目

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