城東区 (東京都)
城東区(じょうとうく、旧字体:城東區)は、東京府東京市(後に東京都)にかつて存在した区である。1932年(昭和7年)から1947年(昭和22年)までの期間(35区の時代)に存在した。現在の江東区の東部一帯にあたる。
| 城東区 | |
|---|---|
| 廃止日 | 1947年3月15日 |
| 廃止理由 |
特別区の設置 深川区、城東区→江東区 |
| 現在の自治体 | 江東区 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
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| 地方 | 関東地方 |
| 都道府県 | 東京都 |
| 隣接自治体 | 深川区、本所区、向島区、江戸川区 |
| 城東区役所 | |
| 所在地 | 東京都城東区 |
| ウィキプロジェクト | |
歴史
区名は皇居(江戸城)の東側にあることに由来している。東京市の一部ではあったが完全な行政区ではなく一定の自治が認められていた。東を荒川・旧中川、北を北十間川、西を横十間川、南を東京湾に囲まれた地域であった。
当初は亀戸を中心とした寺社地域や水運関係を除けば農業地域であったが、次第に都心部へ通勤する人々の住宅や水運を利用した工場建設などが行われ、1935年10月1日の統計では人口18.43万人、面積10.18平方キロに達した。
1938年(昭和13年)9月1日、台風接近と高潮が重なり荒川放水路を挟んで城東、向島、葛飾、江戸川一帯が冠水。約50,000戸が浸水し、250,000人が孤立[1]。
1945年(昭和20年)の東京大空襲によって区内全域が大きな被害を受けた。1947年(昭和22年)3月15日の東京特別区23区への統合に伴い、隣の深川区と合併して江東区となった。
参考文献
- 細田隆善「城東区」(『国史大辞典 7』(吉川弘文館、1986年) ISBN 978-4-642-00507-4)
交通
脚注
- 江東で五万戸、二十五万人が濁水に孤立『東京朝日新聞』(昭和13年9月4日)『昭和ニュース辞典第6巻 昭和12年-昭和13年』p224 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年
- なんだこりゃ? 知って驚く東京「境界線」の謎(小林政能 著、実業之日本社 2016年3月1日 刊)p.120 - 121
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