堀直利
堀 直利(ほり なおとし)は、越後村松藩の第3代藩主。直寄系支流堀家3代。官位は従五位下、左京亮、丹後守。
凡例 堀 直利 | |
|---|---|
| 時代 | 江戸時代中期 |
| 生誕 | 明暦4年1月11日(1658年2月13日)[1] |
| 死没 | 享保元年7月10日(1716年8月26日) |
| 官位 | 従五位下、左京亮、丹後守 |
| 幕府 | 江戸幕府 |
| 主君 | 徳川家綱→綱吉→家宣 |
| 藩 | 越後村松藩主 |
| 氏族 | 堀氏 |
| 父母 | 父:堀直吉、母:堀直次の娘 |
| 兄弟 | 直利、直明、片岡利雄 |
| 妻 | 正室:戸田光永の娘 |
| 子 | 直道、直為、直英、忠刻、成瀬正幸正室、福原資祇正室 |
経歴
延宝4年(1676年)、父の死去により家督を相続した。宝永2年(1705年)、奏者番兼寺社奉行に就任した。正徳元年(1711年)、廃嫡した長男・直道に代わって世子となっていた次男・直為に家督を譲り隠居した。享保元年(1716年)に死去した。
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