大佐倉

大佐倉(おおざくら)は、千葉県佐倉市大字郵便番号285-0041[2]

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大佐倉
大佐倉駅
大佐倉の位置(千葉県内)
大佐倉
大佐倉
大佐倉の位置
北緯35度44分8.4秒 東経140度15分6.5秒
日本の旗 日本
都道府県 千葉県
市町村 佐倉市
地区 佐倉地区
標高
9 m
人口
2017年(平成29年)10月31日現在)[1]
  合計 532人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
285-0041[2]
市外局番 043[3]
ナンバープレート 千葉

地理

北は大佐倉干拓、北東は酒々井町印旛沼新田、東は酒々井町酒々井、南東は酒々井町本佐倉、南は将門町、南西は千成、西は飯田、北西は飯田干拓に隣接している。

飛地があり、将門町酒々井町本佐倉酒々井町上本佐倉に隣接している。

小字

小字は以下の通り[4]

  • 花輪台(はなわだい)
  • 作の下(さくのした)
  • 大桜(おおざくら)
  • 大御堂(おおみどう)
  • 松山(まつやま)
  • 松山台(まつやまだい)
  • 梨の木(なしのき)
  • 剣谷(つるぎだに)
  • 駒込(こまごめ)
  • 池田(いけだ)
  • 根崎(ねさき)
  • 池下(いけした)
  • 長辺田(ながべた)
  • 鳥井戸(とりいど)
  • 入子(いりご)
  • 浜宿(はまじゅく)
  • 松合(まつあい)
  • 宮下(みやした)
  • 東松合(ひがしまつあい)
  • 嶋下(しました)
  • 将門新畑(まさかどしんはた)

歴史

江戸期は大佐倉村であり、下総国印旛郡のうち。佐倉藩領。村高は『元禄郷帳』528石余、『天保郷帳』『旧高旧領取調帳』ともに537石余。なお『旧高旧領』では八幡神社除地・勝胤寺領がそれぞれ20石ずつ見え、ともに天正19年に賜った朱印地である。村の反別は田36余・畑21町余。安政4年『領分村高帳』によれば、高120石余が諸役御免となっており、小物成として夫役1貫105文余・茶園栗代永250文・山銭鐚921文・草銭鐚526文が見える(旧佐野家文書/千葉市史史料編2)。浜宿河岸があり、佐倉城主所替の節御用荷物積場となった。また、同河岸は印旛沼岸交通の要衝で、幕末には水戸天狗党の侵入を防ぐ見張番が置かれた。将門御林は文久年間に一部が武家屋敷地となった。神社は口之宮神社・八幡神社など、寺院は真言宗宝珠院・曹洞宗勝胤寺(印旛郡誌)。なお、佐倉藩主堀田正亮は宝暦2年の惣五郎百回忌にあたり、惣五郎に法名をおくるとともに口之宮神社に合祀し、同社別当宝珠院に対し年々米15俵を下付したという。明治6年千葉県に所属。明治22年内郷村の大字となる[5][6]

沿革

世帯数と人口

2017年(平成29年)10月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字世帯数人口
大佐倉 211世帯 532人

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[7][8]

番地小学校中学校
1~1907佐倉市立佐倉東小学校佐倉市立佐倉中学校
1908~1931佐倉市立佐倉東中学校

交通

鉄道

施設

  • 大佐倉会館
  • 宝珠寺
  • 住善寺
  • 勝胤寺
  • 観音堂
  • 浅間神社
  • 金比羅神社
  • 麻賀多神社
  • 八幡神社
  • 将門口ノ宮神社

脚注

  1. 町丁別人口目次”. 佐倉市 (2017年11月1日). 2017年11月22日閲覧。
  2. 郵便番号”. 日本郵便. 2017年11月22日閲覧。
  3. 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年11月22日閲覧。
  4. 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年 ISBN 4040011201 1397頁
  5. 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年 ISBN 4040011201 177頁
  6. 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年 ISBN 4040011201 178頁
  7. 佐倉市内小学校通学区域”. 佐倉市 (2015年3月24日). 2017年11月22日閲覧。
  8. 佐倉市内中学校通学区域”. 佐倉市 (2015年3月24日). 2017年11月22日閲覧。
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