大塚一朗

大塚 一朗(おおつか いちろう、1964年11月3日[1] - )は、富山県富山市出身[1]の元サッカー選手、サッカー指導者。サッカーモンゴル代表監督を務める。

大塚 一朗
名前
カタカナ オオツカ イチロウ
ラテン文字 OTSUKA Ichiro
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1964-11-03) 1964年11月3日(59歳)
出身地 日本の旗 日本富山県富山市
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

来歴

9歳からサッカーを始め[2]富山第一高校法政大学と進み、古河電工に入社した[1]。チームメイトに岡田武史奥寺康彦がいた[3]。2年プレーして引退。

1989年に渡英し、当時古河電工サッカー部と提携関係にあったウェストハム・ユナイテッドFCで1年間に亘り指導者について学び[4]イングランドのインターナショナルライセンス(18歳以下のチームの指揮が可能)を取得した[3]

1990年に帰国し、アローズ北陸のコーチに就任[1]。在任中の1995年、第50回ふくしま国体において富山県選抜チームの監督兼選手として出場し、初優勝を果たした[2]

2002年をもってアローズ北陸を退団。家業の水産業を経営し、富山県サッカー協会で国体県選抜チームのコーチなどを務めるかたわら[5]UEFA公認A級コーチライセンスの研修を受け、2004年にライセンスを取得した[3]。これはUEFAにおける最上位ライセンスで(日本サッカー協会指導者ライセンスにおける公認S級に相当)、日本国内で2人目の取得である[3]

2005年、アルビレックス新潟シンガポール監督に就任。2年間チームを率いた[6]

2008年、富山第一高校サッカー部コーチに就任。2012年より監督を務める[7]。2013年から2014年にかけて行われた、第92回全国高等学校サッカー選手権大会にて、同校および富山県勢初の優勝を果たした[8]

所属クラブ

指導者経歴

指導者タイトル

テレビ出演

DVD

脚注

  1. 【高校サッカー】富山第一、V2!父の無念息子が晴らす延長全国弾!”. スポーツ報知 (2013年11月10日). 2014年2月9日閲覧。
  2. アルビレックス新潟 シンガポール監督に”. 中日新聞 (2004年11月20日). 2004年12月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月9日閲覧。
  3. 夢はアジアの代表監督 大塚さん、欧州A級取得”. 北日本新聞 (2004年10月29日). 2006年1月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月9日閲覧。
  4. 富山第一・大塚監督の個性を生かす育成法 海外留学で学んだ指導者としての原点”. スポーツナビ (2014年2月3日). 2014年2月9日閲覧。
  5. 新潟S新監督に大塚一朗氏”. 新潟日報 (2004年11月21日). 2004年12月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年2月9日閲覧。
  6. 歴史”. アルビレックス新潟シンガポール. 2014年2月9日閲覧。
  7. 「【ひと】:大塚一朗さん=全国高校サッカー選手権で初優勝した富山第一高監督」『毎日新聞』2014年1月14日。
  8. 富山第一が初優勝、延長で星稜を3―2で破る”. 読売新聞 (2014年1月13日). 2014年2月9日閲覧。
  9. 星で日本サッカー協会公認の少年サッカー指導者講習会”. シンガポール経済新聞 (2007年9月14日). 2014年2月9日閲覧。
  10. 国民体育大会記録集 (PDF). 日本体育協会. p. 496. 2015年12月31日閲覧。
  11. 歓喜の熱、冷めやらず”. アナウンサーブログ. 北日本放送 (2014年2月28日). 2014年4月3日閲覧。
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